偽装結婚の行方
第三章 偽装結婚
「ふぇ~」


しばしの沈黙を破ったのは希ちゃんの泣き声だった。すぐに希ちゃんをあやす尚美。しかし希ちゃんの機嫌は直らないみたいだ。


「この子、お腹が空いたみたい。ここでお乳をあげてもいいですか?」

「え? ああ、いいけど?」


と言ったものの、“オチチ”って何だろう?

と不思議に思っていたら、尚美は俺に背を向けるように体をひねると、ゴソゴソと何かをやりだした。どうやら、ブラウスのボタンを外し始めたらしい。


ああ、なるほど。“オチチ”とは乳(ちち)、つまり母乳の事だったらしい。尚美は母乳で希ちゃんを育ててるのかあ。なんか、感動するなあ……


「という事はさ、君は希ちゃんを一人で育てるつもりんなんだ?」


いわゆる“シングルマザー”というやつだ。相手の男が既婚者なら、当然そういう事なのだろうと思ったのだが……


「いいえ」


意外にも、尚美は即座にそれを否定した。

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