偽装結婚の行方
「えっ?」


尚美は、毅然とした顔で俺を振り向いた。


「あの人、奥さんとは離婚するので。そうすれば、私達は晴れて夫婦に……」

「離婚?」

「誤解しないでください。私があの人に離婚をせがんだんじゃないんです。元々あの人はそのつもりだったんです。本当なら、今頃はとっくに……」

「あ、そうなんだ? その人、奥さんとはうまく行ってないんだね?」

「そうらしいです。愛の無い政略結婚だそうで、お子さんも出来ず、嫌で嫌で堪らないって言ってました」

「そう? でも、まだ離婚してないんだよね?」

「はい。きっと手続きとか、説得とかで、あの人も苦労しているんだと思います」

「きっと、って?」

「もうずいぶんあの人と話をしてないから……。忙しいみたいで……」


最後は消え入りそうな声で言うと、尚美は下を向いて乳を飲む希ちゃんに視線を落とした。


その男、つまり希ちゃんの父親で既婚の男がどんな男か、もちろん俺には分からない。顔が俺と似てるらしい事以外は。
しかし今聞いた限りでは、俺はそいつに全く好感が持てなかった。なぜなら、まずは愛の無い政略結婚をした事。つまり打算的な男という事になると思う。


次に尚美に手を出した事。妻に愛情が無く、他の女を好きになったというのは分かるとしても、離婚の前に手を出したらそれは単なる浮気だろう。慎むべきじゃないのか?


そして、“忙しい”とか言って尚美と連絡を取っていないらしい事。俺は、忙しさを理由に言い訳したり逃げる人や行為が嫌いだ。


ん? 逃げる、かあ……


もしかしてその男、尚美から逃げようとしているのではないだろうか……

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