偽装結婚の行方
荷物の整理はあっという間に終わった。

そもそも持って来た荷物はすぐに必要な物だけの必要最小限にしてあるし、勝手に他人の家の中をいじくる訳には行かないからだ。下着類は整理ダンスの中に仕舞いたいところだが、尚美の許可なく開けるのはまずいだろうし……


やる事が無いから冷蔵庫からペットボトルのお茶を出し、それを飲みながらテレビを観てたが、その内ゴロンと横になると、窓からの柔らかい陽射しが暖かくて気持ち良く、うとうととしている内に俺は本格的に眠っちまったらしい。


顔をペチペチと叩かられる、というか撫でられるような感覚がして俺はゆっくり目を開けた。すると、目の前に黒い目が大きい人形がいた。じゃなくて、人形みたいに見える希ちゃんだ。


「よお、希ちゃん。お帰り……」

「あら、希ったら、起こしちゃったの? ごめんなさい」


キッチンから尚美の声がした。


「いや、いいって。それより、何か作ってるの?」


気付けば部屋の中に、野菜を炒めてるみたいな、食欲をそそるいい匂いがしていた。


「パスタを作ってるの。お腹空いたでしょ?」

「ああ。もうペコペコだよ」

「もうすぐだから、待ってて?」

「おお」


起き上がって希ちゃんを体の前で抱っこしたら、彼女は大人しく俺の前でお座りをした。

俺は希ちゃんのふわふわの頭を撫でながら、体を少し横に傾けてキッチンに立って料理をする尚美の後ろ姿に目をやり、思った。


なんかこういうの、いいなあ、と。

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