偽装結婚の行方
長いはずの正月休みはあっという間に終わってしまい、普通の日常が始まった。


「中山、尚美ちゃんとの生活はまだ続いてんだよな?」

「まあな」

「で、ヤらせてもらったか?」

「お、おまえ、昼間っから何言ってんだよ?」

「別にいいだろ? で、どうなんだよ?」

「ノーコメントだ」

「何? 否定しないって事は、ヤったのか!?」

「おまえ声デカいって……」

「こんちくしょー、羨まし過ぎるぜ!」


阿部に背中をバンと叩かれた俺は、「痛えなあ」と言いながらも、自分の頬が緩むのを抑えられなかった。


「今度遊びに行っていいか?」

「狭いぜ?」

「そんなの気にしねえよ」

「そっか。今度な」


というような調子で、俺は会社にいても上機嫌だった。ところが……


「ただいま……」


と家に帰ったが、尚美の出迎えがない。尚美はいつも希ちゃんを抱っこしながら玄関で俺を出迎えてくれるのだが、俺の声が聞こえなかったのだろうか……


もう一度「ただいま」と言いながら靴を脱ぎ、キッチンを抜けて6畳間に行ったら、尚美は座ってローテーブルに突っ伏し、その代わり、俺に気付いた希ちゃんがハイハイで俺の足元へ来た。

俺は希ちゃんを抱き上げ、尚美に声を掛けた。


「尚美、具合が悪いのか?」


と。すると尚美は、肩をピクリとさせて顔を上げた。


「あ、涼。お帰りなさい」

「ただいま。どっか具合が悪いのか?」

「ううん、大丈夫。ちょっとウトウトしちゃった。すぐご飯にするね?」


尚美はそう言い、立ち上がると足早にキッチンへ行った。その時チラッと見ただけだが、尚美の目が充血してるように見えたのは俺の気のせいだろうか……


晩飯が終わり、俺と希ちゃんの入浴の後だった。俺が畳に胡座をかき、濡れた頭をタオルでゴシゴシ拭いていたら、尚美が俺に話し掛けて来た。


「涼……」

「ん?」


手を止めて顔を上げると、尚美は少し離れた所に立ち、着替えを胸に抱えて俺を見下ろしていた。


「今まで本当にありがとう」

「え? 何で急に……」

「あのね、あの人、奥さんとの離婚が決まったそうなの」


俺は「えっ?」と言ったきり、頭の中は真っ白になっていた。

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