「私、お風呂に入って来るね?」


尚美はそう言い、クルッと俺に背を向けた。


「な、尚美!」


一瞬遅れて尚美を呼び止めると、彼女は肩をピクッとさせて立ち止まった。そんな彼女の小さな背中に向かい、


「……よかったな?」


俺は大きく息を吸い、腹に力を入れてそう言った。声が震えたりしないように。

すると尚美はゆっくり振り向き、


「うん。ありがとう」


と言い、ニコッと微笑んだ。



明日の夜、俺はこのアパートから出て行く事にした。尚美はそんな急でなくていいと言ったが、俺がそう決めたのだ。もはやここにいるのは、辛いだけだから……


終わった。終わってしまった……

元々こういう終わり方をするはずで、言ってみれば予定通りだ。しかし俺は、こんな終わり方が来るとは思ってなかった。

いつ頃からかは分からないが、今の生活がずっと続くような、それが当たり前のような、そんな気になっていたんだ。とんだ勘違いで、笑っちまうが。


目をつぶると、尚美達と暮らしたこの1ヶ月余りの日々が、走馬灯のように蘇る。希ちゃんの父親にはなり切れていなかったかもだが、尚美の夫、あるいは恋人には、なり切っていたと思う。少なくても、自分では完全にその気になっていた。

まったく、とんだ勘違い野郎だぜ、俺は……


涙がジワッと出掛かった時、


「涼、開けていい?」


襖の向こうで尚美の声がした。

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