まるで縫い止められたように足は一歩も動かない。頭も腰も腕も指先すらも、コンクリートで固められたかのように微動だにしない。次第に息も苦しくなってきた。
 ぎゅっと目を閉じてみる。まぶたは動くようだ。口もかろうじて動く。それを確認して目を開いた。

 その一瞬のうちに、男が音もなく目の前に迫っていた。至近距離で見つめる瞳が赤い。感情の見えないその目にぞっとする。

 男はオレの顔を覗き込むようにしてニタリと笑った。


「あなたを消してしまうのは簡単ですが、頼子がそれを望みません。だからお願いに来たんですけどね」


 どこがお願いだ! 脅迫じゃないか!

 叫びたいところだが、口からは空気が漏れるだけ。
 酸欠の金魚のごとく口をぱくぱくさせるオレを憐れむように見つめて、男はフッと笑みを浮かべた。

 そしてオレから離れて背中を向ける。それと同時に、体の呪縛が解けた。オレは崩れるようにひざを折って地面に両手をつく。

 ゼイゼイと息を荒げながら見上げると、男が背中を向けたまま肩越しに振り向いて見下ろしていた。


「私の力をわかって頂けたなら、少し考え直してください」


 その涼しげな横顔を見ていると、沸々と怒りがこみ上げてくる。オレはおもむろに立ち上がり、足元にあったサッカーボールを男の背中めがけて思い切り蹴り込んだ。


「ふざけるな!」


 背中の真ん中にサッカーボールがヒットしたと思った瞬間、男の姿は霧のようにかき消えた。ボールはそのまま空を切り、夜の闇の中にまぎれていく。


「なに?」


 想像もしていなかった事態に、オレはしばし呆然と立ち尽くした。

 あいつは何者なんだ? 幽霊?

 とにかく海棠に知らせようとポケットから電話を取り出す。だがふと気になって手が止まった。

 海棠はあいつの正体を知っているんだろうか。おかしなコスプレも気にしていないようだし、知っていてつき合っているような気もする。
 だとしたら、オレが忠告するのはよけいなお世話ではないだろうか。

 海棠から直接聞き出すには会社にいる時しかないようだ。社外ではあいつが張り付いている。

 明日、会社でなんとか聞き出してみよう。
 そう決意して、オレは電話をポケットにしまった。

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