狂妄のアイリス

少女

 私は目を覚ました。

 カーテンの隙間から朝日の光が差し込む。

 外の寒い空気から守られて、あたたかい日差しのみが部屋に差し込んでくる。

 私は布団の中に潜り込んで、寝返りを打つ。

 こんな日の、温かい布団の中は幸せ。

 私――時鳥蛍(ときとりほたる)はその布団の温もりに甘える。

 中学二年生にしては小柄過ぎる体を丸めて、くしゃくしゃに寝ぐせのついた髪を枕に預けて、私はまどろむ。


「蛍、朝食出来たぞ。起きろ」


 扉をノックする音が聞こえて、その向こうから声をかけられる。

 その声にまどろみから飛び起きて、私は声を返す。


「は~い」


 布団の中での幸せな時を終えて、私は布団から抜け出した。

 いくら温かいパジャマを着ていても、部屋の寒さには敵わない。

 私はもっと温かい服に着替えようとクローゼットを開ける。

 クローゼットの隅にかけられた紺のセーラー服を無視して、私はあたたかいタートルネックを取り出す。

 首を通して腕を出して、襟の中に入り込んだ長い髪を出す。

 着替えている間も、視界の端でクリーニングのビニールがかけられた制服が目に入る。

 ビニールの上から、少し埃をかぶってしまったようにも見える。

 私は泣きだしたいような気持ちで、それを無視した。「おはようございます。おじさん」


 洋服に着替えた私は部屋を出て、キッチンに降りていく。

 キッチンで目玉焼きをお皿によそっていた人が振り返り、にっこりと笑う。


「おはよう」


 彼は『おじさん』だ。

 でも、私がそう呼ぶのに反して彼はとても若く見える。

 まだ三十代前半か、もしかしたら二十代かもしれない。

 まだ中学生の私にとっては十分におじさんなんだけど、世間的にはまだそう呼ぶには若いんだと思う。

 彼は私の保護者で唯一の同居人だった。

 でも、私がいくら『おじさん』と呼んでいても彼は叔父さんでも伯父さんでもない。

 血の繋がりのない保護者。

 親族としての『おじさん』でもなく、中年としての『おじさん』でもない。

 それでも、私は彼をそう呼ぶ。

 本人に、そう呼ぶように言われたから。
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