略奪ウエディング


二人きりで会いたいとお願いしたのは何も課長に食事を奢ってもらいたかったからじゃない。

十分。…いいえ、ほんの五分でいい。私の話を聞いてもらいたかっただけなのだ。

「あの…、食事とか…いいんです。私、課長に話があって」

「話?」

課長は私の方を振り返って歩みを止めた。

「あの…私」

「ん?」

真っ直ぐに私を見つめる漆黒の瞳。
見つめ返すだけで精一杯だ。

でも、逸らしてはいけない。
言わなくてはいけない。
黙っていてはこれから前には進めないのだから。

「私…」

「うん」

足が次第にカタカタと震え出してくる。
課長は黙って私が話し出すのを待ってくれている。

もう、今のままではいけないのだ。
私は変わらなければいけない。自分のこれからの未来のために。

「私、課長が…ずっと、好きでした。
叶わないと分かっていながら、ただ、課長を見つめてきました…!」

ギュッと目を閉じて、自分を奮い立たせ勢いをつけて一気に告げる。

一瞬、私の告白に彼の目が大きく見開かれたような気がしたが、課長は何も言わずに黙っている。

「す、すみません…!突然こんな話をして…。驚きますよね。
いやだ、私…。課長の迷惑も考えずに自分のことばかりで…」

今にも溢れてしまいそうな涙を堪えるのに必死になる。
泣いたりなんかしちゃだめだ。
同情を乞うつもりなんてない。
可哀想だとか、思われたいわけじゃないの。

この気持ちを昇華させたかった。
実は私は片桐課長以外の人と結婚して、その人とこれからの人生を歩むことが決まっている。

そう決めたのは私自身であり、後悔するつもりはない。
課長に恋する気持ちを全て捨て去り、一からリセットしてやり直したいのだ。

この思いを受け取るのは他の誰でもなく片桐課長本人でないと目的は果たせないと思う私は、自分勝手な人間なのだろうか。

だけどこの気持ちを消すにはどうしたらよいのか、他に思い付かなかった。


< 2 / 164 >

この作品をシェア

pagetop