略奪ウエディング

東条慎吾

***

温かいコーヒーの湯気が私の冷え切った指先を徐々に温めていく。

「緊張してる?」

課長が目の前で肘を付き、その手に顔を乗せた姿勢で私に訊いてくる。

「いいえ。…課長は?」

私はコーヒーカップをテーブルに置いて訊ね返した。

「うーん。少し」

目線を天井に向けながら課長は言った。
その後、視線を私に戻しふわりと笑う。

その笑顔に、自分の目がとろりとしていくのが自分でも分かった。
なんて綺麗な顔で笑うんだろう。魅力的に見えることを計算しているかのようだ。

私たちはあれから近くのカフェに入り、呼び出した東条さんを待っていた。

「…後悔してる?今ならばまだ、間に合うよ。彼はまだ来ていない。俺がこのまま帰れば何事もなく…」

笑顔に魅入る私に、笑ったままの表情を崩さないで課長が言った。

「どうしてそんなことを言うんですか」

私は少しムッとしながらカップに視線を落とした。

「どうして、か。どうしてなんだろうな。自信がないのかもな」

「そんな。課長をずっと好きだったのは私の方ですよ?私の方がそう思うわ。森田主任ですらダメだったのに。どうして私がって…」

「森田?…ああ、そんなこともあったね。あれは彼女がどうとかではないよ。俺がそんな気持ちになれなかっただけ。
て、いうか、よくそんなことまで知ってるね」

課長は不思議そうに首をかしげた。




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