ラストバージン
* * *
「そっか……」
重本さんとの一件でストレスを抱えたまま仕事を終えた帰り道、辿り着いた目的地を前にして深いため息を落としてしまった。
自然と漏れた独り言には落胆が色濃く出て、余計に気分が滅入る。
映画館よりも楓に行った方が癒されるからとお店に立ち寄ったのに、水曜日の今日は定休日だった事を忘れていたのだ。
(どうしようかな……)
思い浮かんだ映画やカフェでは、きっと今日のストレスを緩和する事は出来ないだろう。
仕方なく帰ろうと踵を返すと、数メートル先からこちらに向かって歩いて来る人影が視界に入った。
街灯の少ない路地だから、相手の顔はまだ見えない。
程なくして、夜道に射す僅かな月明かりと街灯が相手の顔を照らして……。
「あっ……!」
思わず漏れた声に、相手の低い声音が重なった。
「こんばんは」
柔らかい笑顔を向けてくれた男性に、慌てて背筋を伸ばす。
「こんばんは」
何となくソワソワしてしまうのは、きっと先日妙な話題で意気投合してしまったから。
「先日はありがとうございました」
月明かりに照らされた榛名さんは、穏やかな笑みを浮かべて会釈をした。