『ホットケーキ』シリーズ続編- 【 蜜 海 】
5.
 「ずっと…」
湖山の手にその声は振動を伴って伝わった。湖山の手を放して大沢の長い腕が湖山の頭を抱えた。ソファに座った大沢の腕が抱いた湖山は正座から少し伸び上がるようにしてその頭は胸にきゅうっと納まる。大沢の胸から、当たり前だけれど大沢の匂いがする。酔っ払って肩を借りる時にいつもホッとする匂い。大沢の赤い車のドアを開けた時ゆらゆらと湖山を抱く匂い。よく知っているはずの、だけれどまるで初めてのような気すらする。こんなに早く打つ湖山の胸は大丈夫なのだろうか。助けを求めるように彼の名を呼ぶ──「大沢…」。でも、その呼びかけは声にならない。とくとくと打つ自分の鼓動にも、いま湖山が耳をあてて訊いているその鼓動にも、湖山が息を吸った音さえかき消されてしまう。
 「ずっと、──こう…したかった」
 大沢が囁いた声は湖山の首をくすぐった。湖山は少し首を竦めて、大沢は彼を抱く腕に力を込めた。抱きしめられたかったのだ、いつも。湖山は唐突にそれを知った。思いを寄せられる事も、思いを寄せる事も、この年になれば何度でも重ねた経験のどこにも甘さがないことの理由がもしかしたらここにあるのだと湖山は思った。好きになった人を抱きしめたいと思う。自分の腕の中に納まるその人を見て安心する。でも、自分がいつも知らず知らずの内に求め続けていたものは、それだけではなかったと知った。自分を抱きしめてくれるこの男がどれほど自分を慰め、励まし、労わり、甘やかし、愛してくれているのか。大沢の抱擁は湖山に語りかけ、注(そそ)いで、満たしていく。いつも、自分の中に満たされないままでそこに在り続けたものがあったのだ、と湖山は彼の腕の中で知ったのだった。
 頬ずりをするように大沢が湖山の肩で顔を擦った。涙を、拭ったのだろうか?濡れた気がする肩に首を傾げて見やると大沢はそっと頭を上げて湖山の首に口づけた。そして湖山と目が合うと照れくさそうに笑ってまた額を細い肩に預ける。どうしていいのか分らない。湖山はそっと手を彼の背中に回した。そしてきっとそれを待っていた大沢はゆっくりと頭を上げて、湖山の唇を啄ばみながら、そうっとソファーから身体を預けるように湖山を押し倒した。

 ズズズズと音を立ててローテーブルがフロアを滑った。唇を啄ばんでいた大沢が最後にひとつ長く彼の唇に口づけて顔を上げふたりはしばらく見合う。湖山は照れくさくなって左手の甲で顔を隠した。大沢はその手を握って床に敷いた。ふたりとも少し笑った。何もかもを大沢に預けるつもりでいて、何もかもを手放したいと思う。一回り近くも年の若いこの青年に。年甲斐もなく初めて感じる想いを胸に反芻する。




続きは拙ブログ【一人同人誌計画】(←プロフィールにリンクがあります。)
にて更新する予定です。
(性表現の規定により、Berry'sでの更新を控えております。)
お時間が許しましたら是非お運びくださいませ。
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