【完結】ラブレター
３ ミスコン準備
3-1
夏休みが終わり、大学では講義が始まった。
俊は相沢京子にミスコンに出るよう勧めた。京子は不安がったが、俊は
「俺、親父の仕事の関係でファッションショー手伝った事があるんだ。だから、わかるんだよ。相沢さん、化粧次第で美人になれるよ。俺が保証する。ミスコンに出場したら、元カレを見返せるしさ、何より自分に自信が持てるようになるよ」
と言って説得した。
俊は講義の合間に学園祭について調べた。今まで学園祭に興味がなかったので参加しなかった俊だったが、今年は京子をミスコンに出すので去年までのミスコンの資料を読みあさった。今まで優勝した女の子に実際に会いに行ったりと事前調査を念入りに行った。
学園祭では各サークルが、様々なイベントをする。学園祭当日は、大学は一般に解放される。学園祭の目玉は、最終日に講堂で催されるミスコンだった。ミスキャンパスを選ぶイベントは、毎年一番人気のイベントだ。俊はミスコンの申し込み用紙を取りに学園祭の実行委員会に行った。
応対してくれた委員長は飛び上がって喜んだ。
「え！ 参加してくれるの？ どこの学部？」
「経済だけど」
「そっかー、いやあ、早々に申込んでくれてありがとう！ 毎年参加者が少なくて困ってるんだ」
「え！ 何故？」
「うーん、自分から立候補するとうぬぼれの強い女性っていわれるだろ、同性からは敬遠されるし、異性からはあの程度でミスコン出るなんてって言われるしさ。だから、参加者が少なくて毎年苦労するんだ。大抵、みんなで説得してさ、お遊びだからって言って出て貰うんだよね」
「ふーん、そういえば、ミスになっても賞状とティアラだけだったな」
「そうそう、ティアラはトロフィーと一緒なんだよ。ティアラを学部に持って帰るっていう名誉賞なんだよね」
「あのさ、今時の女の子ってさ、名誉じゃ動かないよ。賞品をなんとかしたら？」
「予算がないの、予算が」
俊はしばらく考えた。
「賞品、なんとかなるかもしれない」
「なんとかって？」
「協賛って形にすればいいんじゃないかな。……ミスコンの舞台やパンフレットに協賛会社として名前を出しますよ、学生相手に営業して貰っていいですよって言えば、賞品を提供してくれる会社、あるんじゃないかな？」
「そうか！ その手があったか。よし！ OBをあたってみるよ」
実行委員長は手当たり次第に電話をかけ、旅行会社から「京都二泊三日の旅ペア旅行券」をミスキャンパスに、有名ホテルからは「豪華ディナーショーの食事券」を準ミスに、それぞれ提供させるのに成功した。さらに参加賞として、農学部を説得して米を用意させた。とれたばかりの新米十キロを参加者全員に渡すというのである。参加賞のお米十キロだけでも、貧乏学生に取っては喉から手が出る程ほしい食料だ。半年は食いつなげる。あわよく準ミスに選ばれれば、豪華ディナーショーの食事券をゲット出来る。それを金持ちの学生に売れば換金出来る。旅行券を換金すれば最近発売されたマイクロコンピューター購入の資金源に出来る。
賞品が豪華になった為か、参加者はすぐに集まり、逆に断らなければならなくなった。枠は６人、各学部１人である。洋一は参加賞が発表される前に相沢京子を登録しておいて良かったと思った。
俊はコンテストの選考方法を読んだ。
一. 学生らしい衣装（参加者による自由衣装）による審査
二. 特技による審査
三. 実行委員会指定衣装（白の袖無しロングドレス、白の手袋付き、いわゆるローブ・デコルテ：大学OBの貸衣装屋が衣装を提供）による審査
この三つをステージで行って、ミスキャンパスを選考する。当日一階ホールの席に座った人間のうち、くじにあたった五十人が審査員となる。
（組織票か……。と言う事は事前運動が物をいうな）と俊は思った。
学園祭の二週間前、ミスキャンパスに立候補した女子学生は、独自の写真やプロフィールを実行委員会指定の看板に貼って、一般学生にアピールする。まずは、このプロフィールと写真を作る所からだった。洋一と京子、俊は、茶店で打ち合わせをした。どういうイメージ戦略で行くか。俊は京子を眺めながら考えた。あの海の家で夏中働いていたから、日に焼けている。俊は色黒を逆手に取ろうと思った。
「健康でぴちぴちした隣の元気な女の子っていうイメージは？」
「それって、あたりまえじゃん」と洋一。
「そのあたりまえっていうのがいいんだよ。何か提案があるか？」
「うーん……」
洋一は腕を組むと天井を見上げた。
「ま、健康っていうのはいいよな。京子ちゃん、スポーツは？」
「……高校の時、チアガールをちょっとだけ」
「それいい！」
俊は興奮して言った。
「イメージは健康スポーツギャル！ キャッチフレーズは『太陽の娘』でどう？」
洋一も「いい、それ！」と叫ぶ。京子は慌てた。
「でも、でも、全然下手なの」
「大丈夫！ 特技の時間は５分くらいだしさ、練習すればいいよ」
「そうそう、絶対いける！」
洋一も賛成の声を上げる。京子は、自信なさそうに下を向いた。
「でも、私、眼鏡が気になってあんまり練習できなかったの……」
俊は京子に眼鏡を取らせた。
「コンタクトにしよう。そしたら、ダンスも思いっきりできるしさ。駄目かな」
京子は迷っていたが、決心したように顔を上げた。
「私、頑張ってみる。本当はチアガールのダンス、好きだったの。コンタクトにして思いっきりダンスしてみたい！」
「よし、決まった！」
イメージが決まると、次は京子をどんな風にイメージ通りにするかだった。京子の顔は目が大きく、口元が可憐だ。頬がふっくらしている。ただ、眉を手入れしてない為、目と眉がたれて見えてしまう。髪も多すぎる。きれいな黒髪だが、背が低めの彼女が髪を長くしてもかえって重たく感じてしまう。髪の長さは肩まで、パーマをあてて毛先を軽くすると良さそうだ。イメージに沿って京子を変身させるには、腕のいい美容師が必要だった。京子に行きつけの美容院を聞くと、近所のパーマ屋に行っているという。どこか適当な美容院はないかと思ったが見当がつかない。俊は、ちらりと父の会社関係のスタイリストを思い浮かべたが、すぐに打ち消した。プロを使ってはフェアじゃないと俊は思った。京子に美容院の心あたりを聞くと、京子の友人、前川静江が行っている美容院に以前から一緒に行こうと誘われていたという。腕もセンスもいいというのだ。翌日、前川静江に京子がミスコンに出る話をすると大賛成だった。静江も京子の元カレ、篠崎雅広を嫌っていた。
「あんな男、最低よ。高杉君、頼むわよ。絶対見返してやってよね」
四人は次の休みにその美容院へ行った。
静江の行っている美容院「マリーベル」のマスターは男だった。なよなよとしたおねえ言葉を使う男だったが、技術は確かなようだった。俊は、京子に似合う髪型の写真を見せた。ついでに眉も整えられるかと聞いた。
「まかせといて！ あなた、見る目があるわぁ。この子、いけるわよ」
マスターは早速、仕事に取りかかった。静江はマスターを三人に紹介すると用事があると言って先に帰ってしまった。俊と洋一は、しばらく京子が髪をカットされるのを眺めていたが、美容院の待ち合いに大の男が二人もいる訳にいかず茶店で暇を潰そうと店を出ようとした。すると、マスターが声をかけてきた。
「あら、二人とも、ついでに髪をカットして行きなさいよ。特に、君。ロングヘアーもいいけど、長過ぎ！」
洋一が思わず頭を抑えた。
「いや、髪切ると力が無くなるから」
「何、サムソンみたいな事言ってんのよ。少し整えるだけだから」
洋一は強引に椅子に座らされてしまった。洋一はかなり抵抗したのだが、背中の真ん中あたりまであった髪は肩の下あたりまでカットされた。洋一はぶーぶー言ったが、意外にすっきりした。俊も少しのびていた髪をきれいにカットされた。マスターは、しきりに、柔らかくてきれいな髪ねと俊の髪をほめた。俊の髪は日本人には珍しい濃い栗色だ。猫っ毛で柔らかい。俊は、マスターが必要以上に触っているような気がしたが、無視していると、最後に耳元で囁かれた。
「ね、あなた、彼女いないの？ もしかして、男が好きとか？」
マスターがハートを飛ばしながら俊にせまった。
「じょ、冗談！」俊は思わず、椅子から飛び上がって振り向いた。
「あら、ザンネーン！」
マスターはころころと笑った。
京子の長かった髪はショートにカットされ、パーマをあてられた。手入れのされていなかった眉は整えられた。薄く化粧され、眼鏡をコンタクトに変えた京子は別人のようだった。俊は、出来上がった京子を見て、ほぼ、イメージ通りなので満足だったが、口紅の色が気に入らない。浅黒い肌にはオレンジ系の口紅が似合いそうだった。
「もう、注文の多い子ね。浅黒い肌にオレンジ系っていうのは、当たり前なんだけど……。オレンジはオレンジでも、この色がいいと思うわ」
マスターは、明るいオレンジ色を京子の唇に丁寧に塗った。俊のイメージ通りの京子が出来上がった。
次は服装だった。マスターが
「この子に合いそうな服を売ってる店があるけど、行ってみる？」と紹介してくれた。
マスターに紹介された店はリーズナブルな若い女性向けのブティックだった。京子にカナリアンイエローのセーター、ブラウン系のツィードのミニスカートを試着させる。セーターの胸元はスクエアに開いているので、白のマフラーを巻いてみた。ミニスカートと共布で作られたベレー帽を被せる。
キュートな健康美人が出来上がった。
いい感じで腰から胸の線が強調されている。そのまま、近くの公園へ行き、髪型が決まっているうちにと俊は写真をとった。午後の日差しを受け、手摺に浅く腰かけ、カメラを見上げてにっこり笑う京子。俊は失敗に備え、フィルム一本取り切った。写真が現像から上がって来ると、見事な出来映えだった。
「おまえ、写真もうまいんだな、カメラマンになれるぞ」と洋一があきれた。
俊は一枚の写真を取り出すと洋一に渡しながら言った。
「ほら、この写真、おまえ、もっとけよ」
「え、いいのか？」
洋一は京子がにっこり笑う写真をしげしげと見るや、写真を頬にあて、「京子ちゃん！」とうっとりと言った。
俊と洋一は早速、掲示板に写真とプロフィールを貼った。俊は他の参加者の写真を見てみた。
（優勝候補の加藤紀子はさすがに美人だ。写真うつりもいい。理工学部の百合野美枝子もなかなかだな。医学部、社会学部はそこそこだ）
獣医学部は写真を出していなかった。俊は獣医学部まで本人を見に行った。豚に餌をやっている長身、スレンダーなその女は、長靴を履き白衣を着て髪をひっつめていた。顔は牛乳瓶の底のような度のきつい眼鏡をかけマスクをしていたのでよくわからなかった。俊はその女をどこかで見たような気がした。しかし、京子の敵ではないだろうというのが俊の出した結論だった。
掲示板に写真を貼って一週間。俊は、掲示板の前で京子の写真を見ている篠崎雅広、京子の元カレを見かけた。京子の写真を見る雅広の表情に剣呑さを感じた俊だった。
俊は相沢京子にミスコンに出るよう勧めた。京子は不安がったが、俊は
「俺、親父の仕事の関係でファッションショー手伝った事があるんだ。だから、わかるんだよ。相沢さん、化粧次第で美人になれるよ。俺が保証する。ミスコンに出場したら、元カレを見返せるしさ、何より自分に自信が持てるようになるよ」
と言って説得した。
俊は講義の合間に学園祭について調べた。今まで学園祭に興味がなかったので参加しなかった俊だったが、今年は京子をミスコンに出すので去年までのミスコンの資料を読みあさった。今まで優勝した女の子に実際に会いに行ったりと事前調査を念入りに行った。
学園祭では各サークルが、様々なイベントをする。学園祭当日は、大学は一般に解放される。学園祭の目玉は、最終日に講堂で催されるミスコンだった。ミスキャンパスを選ぶイベントは、毎年一番人気のイベントだ。俊はミスコンの申し込み用紙を取りに学園祭の実行委員会に行った。
応対してくれた委員長は飛び上がって喜んだ。
「え！ 参加してくれるの？ どこの学部？」
「経済だけど」
「そっかー、いやあ、早々に申込んでくれてありがとう！ 毎年参加者が少なくて困ってるんだ」
「え！ 何故？」
「うーん、自分から立候補するとうぬぼれの強い女性っていわれるだろ、同性からは敬遠されるし、異性からはあの程度でミスコン出るなんてって言われるしさ。だから、参加者が少なくて毎年苦労するんだ。大抵、みんなで説得してさ、お遊びだからって言って出て貰うんだよね」
「ふーん、そういえば、ミスになっても賞状とティアラだけだったな」
「そうそう、ティアラはトロフィーと一緒なんだよ。ティアラを学部に持って帰るっていう名誉賞なんだよね」
「あのさ、今時の女の子ってさ、名誉じゃ動かないよ。賞品をなんとかしたら？」
「予算がないの、予算が」
俊はしばらく考えた。
「賞品、なんとかなるかもしれない」
「なんとかって？」
「協賛って形にすればいいんじゃないかな。……ミスコンの舞台やパンフレットに協賛会社として名前を出しますよ、学生相手に営業して貰っていいですよって言えば、賞品を提供してくれる会社、あるんじゃないかな？」
「そうか！ その手があったか。よし！ OBをあたってみるよ」
実行委員長は手当たり次第に電話をかけ、旅行会社から「京都二泊三日の旅ペア旅行券」をミスキャンパスに、有名ホテルからは「豪華ディナーショーの食事券」を準ミスに、それぞれ提供させるのに成功した。さらに参加賞として、農学部を説得して米を用意させた。とれたばかりの新米十キロを参加者全員に渡すというのである。参加賞のお米十キロだけでも、貧乏学生に取っては喉から手が出る程ほしい食料だ。半年は食いつなげる。あわよく準ミスに選ばれれば、豪華ディナーショーの食事券をゲット出来る。それを金持ちの学生に売れば換金出来る。旅行券を換金すれば最近発売されたマイクロコンピューター購入の資金源に出来る。
賞品が豪華になった為か、参加者はすぐに集まり、逆に断らなければならなくなった。枠は６人、各学部１人である。洋一は参加賞が発表される前に相沢京子を登録しておいて良かったと思った。
俊はコンテストの選考方法を読んだ。
一. 学生らしい衣装（参加者による自由衣装）による審査
二. 特技による審査
三. 実行委員会指定衣装（白の袖無しロングドレス、白の手袋付き、いわゆるローブ・デコルテ：大学OBの貸衣装屋が衣装を提供）による審査
この三つをステージで行って、ミスキャンパスを選考する。当日一階ホールの席に座った人間のうち、くじにあたった五十人が審査員となる。
（組織票か……。と言う事は事前運動が物をいうな）と俊は思った。
学園祭の二週間前、ミスキャンパスに立候補した女子学生は、独自の写真やプロフィールを実行委員会指定の看板に貼って、一般学生にアピールする。まずは、このプロフィールと写真を作る所からだった。洋一と京子、俊は、茶店で打ち合わせをした。どういうイメージ戦略で行くか。俊は京子を眺めながら考えた。あの海の家で夏中働いていたから、日に焼けている。俊は色黒を逆手に取ろうと思った。
「健康でぴちぴちした隣の元気な女の子っていうイメージは？」
「それって、あたりまえじゃん」と洋一。
「そのあたりまえっていうのがいいんだよ。何か提案があるか？」
「うーん……」
洋一は腕を組むと天井を見上げた。
「ま、健康っていうのはいいよな。京子ちゃん、スポーツは？」
「……高校の時、チアガールをちょっとだけ」
「それいい！」
俊は興奮して言った。
「イメージは健康スポーツギャル！ キャッチフレーズは『太陽の娘』でどう？」
洋一も「いい、それ！」と叫ぶ。京子は慌てた。
「でも、でも、全然下手なの」
「大丈夫！ 特技の時間は５分くらいだしさ、練習すればいいよ」
「そうそう、絶対いける！」
洋一も賛成の声を上げる。京子は、自信なさそうに下を向いた。
「でも、私、眼鏡が気になってあんまり練習できなかったの……」
俊は京子に眼鏡を取らせた。
「コンタクトにしよう。そしたら、ダンスも思いっきりできるしさ。駄目かな」
京子は迷っていたが、決心したように顔を上げた。
「私、頑張ってみる。本当はチアガールのダンス、好きだったの。コンタクトにして思いっきりダンスしてみたい！」
「よし、決まった！」
イメージが決まると、次は京子をどんな風にイメージ通りにするかだった。京子の顔は目が大きく、口元が可憐だ。頬がふっくらしている。ただ、眉を手入れしてない為、目と眉がたれて見えてしまう。髪も多すぎる。きれいな黒髪だが、背が低めの彼女が髪を長くしてもかえって重たく感じてしまう。髪の長さは肩まで、パーマをあてて毛先を軽くすると良さそうだ。イメージに沿って京子を変身させるには、腕のいい美容師が必要だった。京子に行きつけの美容院を聞くと、近所のパーマ屋に行っているという。どこか適当な美容院はないかと思ったが見当がつかない。俊は、ちらりと父の会社関係のスタイリストを思い浮かべたが、すぐに打ち消した。プロを使ってはフェアじゃないと俊は思った。京子に美容院の心あたりを聞くと、京子の友人、前川静江が行っている美容院に以前から一緒に行こうと誘われていたという。腕もセンスもいいというのだ。翌日、前川静江に京子がミスコンに出る話をすると大賛成だった。静江も京子の元カレ、篠崎雅広を嫌っていた。
「あんな男、最低よ。高杉君、頼むわよ。絶対見返してやってよね」
四人は次の休みにその美容院へ行った。
静江の行っている美容院「マリーベル」のマスターは男だった。なよなよとしたおねえ言葉を使う男だったが、技術は確かなようだった。俊は、京子に似合う髪型の写真を見せた。ついでに眉も整えられるかと聞いた。
「まかせといて！ あなた、見る目があるわぁ。この子、いけるわよ」
マスターは早速、仕事に取りかかった。静江はマスターを三人に紹介すると用事があると言って先に帰ってしまった。俊と洋一は、しばらく京子が髪をカットされるのを眺めていたが、美容院の待ち合いに大の男が二人もいる訳にいかず茶店で暇を潰そうと店を出ようとした。すると、マスターが声をかけてきた。
「あら、二人とも、ついでに髪をカットして行きなさいよ。特に、君。ロングヘアーもいいけど、長過ぎ！」
洋一が思わず頭を抑えた。
「いや、髪切ると力が無くなるから」
「何、サムソンみたいな事言ってんのよ。少し整えるだけだから」
洋一は強引に椅子に座らされてしまった。洋一はかなり抵抗したのだが、背中の真ん中あたりまであった髪は肩の下あたりまでカットされた。洋一はぶーぶー言ったが、意外にすっきりした。俊も少しのびていた髪をきれいにカットされた。マスターは、しきりに、柔らかくてきれいな髪ねと俊の髪をほめた。俊の髪は日本人には珍しい濃い栗色だ。猫っ毛で柔らかい。俊は、マスターが必要以上に触っているような気がしたが、無視していると、最後に耳元で囁かれた。
「ね、あなた、彼女いないの？ もしかして、男が好きとか？」
マスターがハートを飛ばしながら俊にせまった。
「じょ、冗談！」俊は思わず、椅子から飛び上がって振り向いた。
「あら、ザンネーン！」
マスターはころころと笑った。
京子の長かった髪はショートにカットされ、パーマをあてられた。手入れのされていなかった眉は整えられた。薄く化粧され、眼鏡をコンタクトに変えた京子は別人のようだった。俊は、出来上がった京子を見て、ほぼ、イメージ通りなので満足だったが、口紅の色が気に入らない。浅黒い肌にはオレンジ系の口紅が似合いそうだった。
「もう、注文の多い子ね。浅黒い肌にオレンジ系っていうのは、当たり前なんだけど……。オレンジはオレンジでも、この色がいいと思うわ」
マスターは、明るいオレンジ色を京子の唇に丁寧に塗った。俊のイメージ通りの京子が出来上がった。
次は服装だった。マスターが
「この子に合いそうな服を売ってる店があるけど、行ってみる？」と紹介してくれた。
マスターに紹介された店はリーズナブルな若い女性向けのブティックだった。京子にカナリアンイエローのセーター、ブラウン系のツィードのミニスカートを試着させる。セーターの胸元はスクエアに開いているので、白のマフラーを巻いてみた。ミニスカートと共布で作られたベレー帽を被せる。
キュートな健康美人が出来上がった。
いい感じで腰から胸の線が強調されている。そのまま、近くの公園へ行き、髪型が決まっているうちにと俊は写真をとった。午後の日差しを受け、手摺に浅く腰かけ、カメラを見上げてにっこり笑う京子。俊は失敗に備え、フィルム一本取り切った。写真が現像から上がって来ると、見事な出来映えだった。
「おまえ、写真もうまいんだな、カメラマンになれるぞ」と洋一があきれた。
俊は一枚の写真を取り出すと洋一に渡しながら言った。
「ほら、この写真、おまえ、もっとけよ」
「え、いいのか？」
洋一は京子がにっこり笑う写真をしげしげと見るや、写真を頬にあて、「京子ちゃん！」とうっとりと言った。
俊と洋一は早速、掲示板に写真とプロフィールを貼った。俊は他の参加者の写真を見てみた。
（優勝候補の加藤紀子はさすがに美人だ。写真うつりもいい。理工学部の百合野美枝子もなかなかだな。医学部、社会学部はそこそこだ）
獣医学部は写真を出していなかった。俊は獣医学部まで本人を見に行った。豚に餌をやっている長身、スレンダーなその女は、長靴を履き白衣を着て髪をひっつめていた。顔は牛乳瓶の底のような度のきつい眼鏡をかけマスクをしていたのでよくわからなかった。俊はその女をどこかで見たような気がした。しかし、京子の敵ではないだろうというのが俊の出した結論だった。
掲示板に写真を貼って一週間。俊は、掲示板の前で京子の写真を見ている篠崎雅広、京子の元カレを見かけた。京子の写真を見る雅広の表情に剣呑さを感じた俊だった。
