【完結】ラブレター
4 競演

4−1

 学園祭、最終日。ミスコンは時間通りに始まった。
 六人の参加者が司会者に紹介されるのを待って、舞台袖に集まっていた。まもなく、第一次審査、学生らしい服装の審査が始まる。参加者はそれぞれ思い思いの格好をしていた。
 俊は、京子の友人、前川静江や洋一達と京子を舞台袖に送り出すと、客席に回ろうとした。ふと気になって、俊は獣医学部から立候補した女性を見た。女性は、普段通り、牛乳瓶底眼鏡にマスク、髪をひっつめ、服の上から白衣を着ていた。靴を見るとさすがに長靴ではなくパンプスだった。
 司会者による紹介が始まった。
 最初に社会学部の女の子が呼ばれた。紹介と同時に学生らしい服装が評価される。俊は京子に、名前を呼ばれたら観客席に手を振りながら元気よくステージに出るようにアドバイスしていた。会場には、俊や洋一の同期、京子の友人、親衛隊が大勢詰めかけている。彼らが盛大な拍手や声援を送る手筈になっていた。京子は写真を取った時の服装、明るいカナリアンイエローのセーターにブラウン系のツィードのミニスカート、スカートと共布のベレー帽、白いマフラーをしている。京子の名前が呼ばれた。元気よく飛び出す京子。打ち合わせ通り、声援や拍手がひときわ大きくなる。拍手が収まった所で司会者が京子に幾つか質問をした。京子は、はきはきと返事をしている。客の反応も良い。京子のきれいなよく通る声が観客を魅了している。俊や洋一と一緒に何度も練習した成果が現れていた。
 本命の加藤紀子は4番目、京子の次だった。優勝する自信があるのだろう、落ち着いた雰囲気だ。
司会者との受け答えもいい。理工学部の百合野美枝子は、理工学部らしく綿製のつなぎを着ている。はんだごてが似合いそうだ。最後に呼ばれたのは獣医学部から立候補した女性、神田鈴子だった。掲示板への写真も貼らず、プロフィールだけだった女。司会者が質問する。

「学生らしい服装という事なんですが……、今、着ている白衣が学生らしいという事でしょうか?」

 神田は首を振ると、突然、観客席に背を向け、一、二歩舞台奥へと下がった。
 眼鏡とマスクを取り、髪をほどいた。豊かな黒髪が滝のように背中を流れ落ちる。

 バッ!!

 白衣が脱ぎ捨てられると同時に神田鈴子がくるりと振りむいた。


 美女出現!


 グレーのスーツ。白のワイシャツ。レンガ色のネクタイ。ワイシャツのスタンドカラーのボタンを外し、ネクタイを緩めて着崩したその姿は、ホール全体に見事なオーラを放った。

「おお!」

 観客席からどよめきが上がった。

「やられた!」

 俊は叫んでいた。洋一も唖然としている。掲示板に写真を出していなかった理由。この変身を舞台で行い観客の心を掴む為だったのだ。そして、俊は、この女をどこで見たか思い出した。あの海に泳ぎに行った日。オレンジ色のビキニの女と一緒にいた、黒の水着を着た女。

「あの女、洋一、覚えてないか、海に泳ぎに行った時、居たじゃないか! オレンジ色のビキニを着た女と一緒に居た、あの女だ」

「……ああ、おまえを誘った女と一緒にいた!」

「そうだ、あの時の黒の水着を着た女だ! くそぉ、獣医学部の連中! やつらに出し抜かれた。牛乳瓶底眼鏡と白衣をとって美女に変身する。それを、まさか、舞台の上でやるとは!」

 俊は、準ミスを取ろうと思っていたが、むづかしいかもしれないと思った。獣医学部の神田鈴子は、背が高い。向うの方が舞台映えするだろう。
 だが、司会者のインタビューに答えて神田鈴子が話すのを聞いて、俊は更に唖然とした。緊張しているのか、ものすごいキンキン声なのだ。あのルックス、あのボディで、あの声?!
 シーンとしていた客席から微かに失笑が聞こえる。俊は、これはわからなくなったと思った。ルックスを審査するのだから、ミスコンに声の魅力は必要ないかもしれない。だが、しかし、この声は……。
 俊が唖然としている間にも、プログラムは進む。学生らしい服装の審査が終わり、特技を披露するコーナーになった。
 一人目の社会学部代表は歌を披露した。医学部はピアノを演奏して見せた。京子の特技は、チアガールだった。ポンポンをもって踊って見せる。観客席から手拍子が入った。衣装は、白のトレーナー、白のテニススコートだ。トレーナーの胸元には大きな太陽のアップリケ。ポンポンの色は派手な赤。健康で元気なイメージを強調。音楽にのって踊る京子は生き生きとしていた。まさに、太陽の娘。本命の加藤紀子は、お琴の演奏だった。豪華な振り袖に着替えている。さすが、着物美人だ。工学部の百合野美枝子は、自身で組み立てたシンセサイザーで演奏して見せた。獣医学部の神田鈴子の特技は、猿回しだった。神田鈴子の服装はいつものジャージ姿、目には牛乳瓶底眼鏡、髪はひっつめに戻っていた。あの美女と同じ人間とはとても思えなかった。俊は敵ながら、この変身の演出を面白いと思った。これで声がきれいだったら、さぞ世間を騒がしただろう。俊は惜しいなあと思った。
 神田鈴子の猿回しの演技が始まった。太鼓を叩く神田鈴子。猿がトンボを切る。


 トン、くるり、トン、くるり、トン、くるり


 神田鈴子の太鼓の音にあわせて次々に芸をする猿。猿の可愛い演技が客席を魅了する。


 キキ、キーキー、キッ


 最後に猿がミエを切ると会場から盛大な拍手がわき起こった。
 俊は、満月の下でミエを切る猿を思い出していた。猿に差し伸べられた白い腕の美しさも。

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