【完結】ラブレター

4−2

 特技が終わると最後はドレスの審査だ。
 京子は背が低いのでハイヒールと髪型に工夫をした。俊は、美容院「マリーベル」のマスターからウィッグを借りてきていた。京子の友人、前川静江が京子の髪をまとめる。借りて来たウィッグをつけ、髪を高く結ったように見せた。靴もハイヒールにした。これで、普段の身長より十センチは高くみえる筈だ。だが、ハイヒールは安定が悪い。俊は京子が転ばないよう祈った。
 洋一は京子の正装した姿にぼーっとなっている。俊は洋一を肘でつついた。京子を褒めるよう耳打ちする。洋一は我に返ると、京子を褒めちぎった。

「京子ちゃん、すっごくきれいだよ。お姫様みたいだ。世界で一番綺麗だよ」

 洋一が褒めると、京子ははにかみながら、にこにこと笑った。
 その時、京子の元カレ篠崎雅広が現れた。すっと京子に近づくと耳元で何事か囁き、さっと離れていった。

「うそ!」

 京子の顔色が変わった。舞台の進行係が出場者達を呼んでいる。時間がない。俊は京子の腕を掴むと問いつめた。

「なんて言われた!」

「……もし、私がミスキャンパスになったら辞退しろって! 辞退しなかったら私の出したラブレター、公表するって!」

「あいつ! 信じるな。あんな男の言葉に負けて失敗していいのか!」

 京子は首を振った。

「……いいえ、いいえ!」

 京子の目に闘志の炎が燃え上がった。俊は続けた。

「君は太陽の娘だ。光輝いている。それだけを考えろ!」

 京子はきりっとした瞳で俊と洋一を見上げた。いい目だと俊は思った。京子は深呼吸を一つすると、しっかりした足取りで舞台に上がった。ステージの指定された位置に立つ。全員がステージに揃うと、司会者がこれからドレス姿の審査に入りますと宣言した。一人目の名前を呼ぶ。最初は社会学部。無難にこなしている。次に医学部。
 京子は三番目だった。名前を呼ばれ舞台中央へと進み出る。そして1回転。ドレスをつまみあげ、一礼する。顔を上げた京子は、観客に向けて華やかな笑顔を送った。親衛隊から京子ちゃんと声援が飛ぶ。
 京子の次が、本命の加藤紀子だった。さすがに美しい。最後は、獣医学部の神田鈴子だった。鈴子のドレス姿は圧巻だった。女王のように歩く姿は、最初に登場した時と同様、ホール全体にオーラを放った。髪はアップにはせず、背中に流したままだったが、光り輝く黒髪は月光のように鈴子を際立たせた。舞台の中央で一礼すると、長く重たげな黒髪が肩先からこぼれ落ちた。観客席からため息がもれた。
 全員の演技が終わると投票に移った。
 司会者が、アシスタントの女性と共に集計中の間を持たせている。去年のミスキャンパスの紹介や、賞品を提供した協賛会社を紹介している。
 やがて結果が発表された。
 まず、準ミスから名前が呼ばれる。最初に文学部の加藤紀子の名前が呼ばれた。準ミスだ。なんとまさかの準ミスだった。次に、京子の名前が呼ばれた。京子も準ミスだ。俊は取り敢えず目標をクリアしたので、ほっとした。
 司会者の元へ1位になった女性の名前を書いたメモが渡される。司会者は一呼吸おいて発表した。

「さて、ミスキャンパスを発表致します。今年のミスキャンパスの栄光に輝いたのは……」

 鳴り響くドラムの音。息詰る沈黙。司会者がとうとう言った。

「獣医学部の神田鈴子さんです!」

 おおーというどよめきと同時に会場は拍手で満たされた。昨年のミスキャンパスから、神田鈴子にティアラが渡される。拍手が一段と大きくなった。本命と目されていた加藤紀子は心無しか青ざめた顔をしている。
 その時、京子の元カレ、文学部の篠崎雅広がいきなりステージに上がり司会者からマイクを奪った。

「えー、私は今回の審査結果に、不満があるわけではないのですが、神田鈴子さんの特技、猿回しですが、あれは猿が演技したのであって、本人の特技とは言えないと思います。従って、一位の神田鈴子さんは失格にするべきだと思います」

 学園祭の実行委員会は、篠崎雅広の物言いを検討する為休憩に入った。篠崎雅広の攻撃の矛先は京子から、ミスキャンパスに選ばれた神田鈴子に移ったようだ。女性達は、舞台でそのまま待ちの体勢に入った。やがて実行委員達の話し合いが終わった。実行委員長がゆっくりと、ステージに上がって来た。

「ただいまの物言いですが、実行委員会は慎重に協議しました。その結果、確かに、演技をしたのは猿ですが、猿を思った通りに演技させる技術を特技と認定致しました。従いまして、今年のミスキャンパスは、神田鈴子さんに決定しました」

 実行委員長の発表に観客席から、賛成の拍手が沸き起こった。神田鈴子は嬉しそうに観客に手を振って応えた。
 最後にグランドフィナーレである。舞台にスタッフや関係者、全員が集合した。紙吹雪が舞う。学園祭実行委員長が、ミスコンの終了を宣言、盛大な拍手の中、幕となった。
 後片付けをしていると京子の母親がやって来た。京子を見つけて抱きしめる。

「私の可愛い娘が準ミスに選ばれるなんて! 母さんは幸せだよ。あんた達かい、うちの娘を美人さんにしてくれたのは。ありがとうよ」

 母親は横綱のような体で俊と洋一を抱きしめた。俊は肉に埋もれて窒息しそうになったが、悪い気はしなかった。

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