氷の卵

杞憂

その日のお昼頃、香織さんがやってきた。


「ひーなちゃん!一緒にご飯食べよう!」

「いいですね!食べましょう!」


香織さんは見るたびに、美しくなる。
顔は透けるように白く、黒髪は艶やかで。
スプリングコートを着ていても、そのほっそりした体のラインが分かる。

何より彼女の持つ独特の活発な雰囲気が、彼女をより一層綺麗に見せていた。


彼女は啓に似ていた。


消えてしまいそうだから、儚いから、人は美しいと思うのだろう。
その点で啓も香織さんも、あまりに儚い存在に思えた。


「雛ちゃん、今日サンドイッチ作ってきたの。良かったら食べて!」

「いいんですか?嬉しい!」


奥のテーブルに香織さんを案内して、紅茶を淹れる。

私は香織さんが好きだった。

啓とは違う意味で。
でも、啓に負けないくらい。

だから、啓と同じ場所に案内したいと思ったのだ。


うっとりとした表情で紅茶を飲みながら、香織さんは唐突に尋ねた。


「雛ちゃん、好きな人いるの?」

「え……、」


反射的に頷いてから後悔した。
私は一度も、誰にも、好きな人がいるということさえ、伝えたことがなかったから。
それは言ってはいけないような、そんな気がしていたのだ。


「ふうん。どんな人?」

「……優しくて、温かくて、無邪気で。でも、消えてしまいそうな人です。」


香織さんははっと顔を上げた。
目と目が合って、数秒見つめ合った後、香織さんは綻ぶように笑った。


「そうなんだ。私の好きな人も同じ。」


何も言えずにうつむいた。


見ると、香織さんの分のサンドイッチは、全く減っていなかった。

香織さんは本当に消えてしまうかもしれない。


その時感じた恐怖にも似た感情は、私を密かに支配していった。
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