氷の卵

好き

次の日、朝早く目が覚めた。
思いのほか気分はよく、私は身を起こした。


店に出なければ。


そう思うのに体が動かない。
お花に触れるのは好き。みんなの喜ぶ顔が好き。
でも、啓に会うことを思うと心がしぼんでいく。


やっとのことで身支度を終えると、もうトラックの配送の時間になっていた。


たくさんの花が積まれたトラック。
この花をすべて降ろすのは、なかなか大変だ。


バケツに入った花をひとつひとつ降ろしていく。
いつものように業者さんも手伝ってくれる。
ありがとうございます、そう言おうとして私は目を見張った。


私のとなりで一生懸命汗を流しているのは、啓だった。


私が見ていることに気付いた啓は、爽やかに笑った。


「雛、元気になったみたいだね。良かった。」

「うん。……ありがとう。」


やっと言えた。
私のために頑張ってくれる啓を目の当たりにして、胸につかえていたものがするりと滑り落ちたような気がした。


「いいよ、そんなの。」


啓は笑って、作業を続ける。
私も慌てて続けた。


「ねえ、啓。」

「ん?」

「啓が好き。」


一瞬驚いた顔をして、そして啓はふざけたように言った。


「ありがとう。僕も雛が好き。」


分かっているから。
啓が何の疑いもなく、私のことを友達として好きだと言ってくれていることを。
だからこそ、私も安心してこんなこと言えたんだ。


一度でいいから言いたかった。

その願いは果たすことができた。

これでもう、十分だと思った。
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