桜の木の下で-約束編ー

2.追憶の調 -和鬼-




ボクは鬼の住処である
廃屋の中、
逃げ込んで先ほどの出来事を思い返していた。


ボクの視線をじっと捉えたまま
その桜の木の下で立ち尽くした少女。


少女の名は、
譲原咲。



彼女のことは、
彼女がこの地に辿り着いた時から知っていた。


それでも名前を問うたのは、
それしか思いつかなかった……。



人を魅了するはずの鬼のボクが、
一瞬にして彼女に捕らわれてしまった。




ボクは鬼。




人の世に生きる鬼であるボクの姿は、
仮初【かりそめ】の姿を模【も】した時以外、
人が見ることは叶わない。




なのに……
彼女はボクをしっかりと捉えた。




今までどれだけボクが見守って来ても、
決して見えることがなかった咲。



だけど……今日の咲には、
ボクの姿が見えた?



ボクの姿が……。


人の中には、僅かな物のみが
視る力を失わずに成長するものもいる。


現にこの地にも、
一人だけ……そういった類の少女は存在する。


だけどそれは、咲ではなかった。


だけど今日の咲は、
鬼であるボクの目をまっすぐに捕えて
魅了して縛り付ける視線。



咲の突然の視る力に、
心がトキメク、ボクとそれを望まないボクが
交錯していく。




彼女は……?




ボクは人の世界とは
離れた場所に住まう。





そして、あの日を境に
この場所でボクは生活を続けている。

ここは鬼の地と、人の地を映し出す
狭間の世界。


この世界と人の世界は
鏡のような世界。

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