桜の木の下で-約束編ー

5.YUKI- 咲 -



「咲、どうした?
 もう七時半をまわったぞ。

 部活の練習に遅刻するぞ?
 熱でもあるのか?」


お祖父ちゃんの声が聞こえて、
布団越しに揺すられる私の体。

額に触れるお祖父ちゃんの手。


「熱はないようだな。
 どうかしたのか?
 
 昨晩、神社の方に出掛けていたみたいだが」



えっ?
神社の方に出掛けてた?


私が?

ボーっと頭が痺れるような感覚を残しながら
重く感じる掛け布団をゆっくりと取り払う。




頭が痺れるように重怠い私は、
目覚めもあまり良くなくて、
血が上手く循環していないかのような
冷たい体をベッドから必死に起こす。



私の脳裏には、昨日TVで見た
YUKIと呼ばれた人の存在だけが大きく残ってた。


だけど今となっては、どうしてその人が
こんなにも印象に残っているのかさえもわからない。




どうして?


思わず痺れる頭に、
右手を添えて抱え込む。




「学校には行けそうか?」



心配そうに覗き込むお祖父ちゃんに
小さく頷くとベッドから這い出した。


私が動き出したのを確認して、
お祖父ちゃんは階下へと降りていく。

遠ざかる足音を聞き届けながら
ベッドの頭元にあるはずの目覚ましの方へと視線を向けるが、
時計はそこにない。



あれ?おかしいな。



げっ、まさか投げた?


慌てて視線を床に移すと、
ご臨終の気配漂う動かない目覚まし時計。



チーン。



今年になって5つ目かぁ。



幾ら、お手頃なの買ってるとはいえ、
目覚まし時計の出費もバカにならない。



それもこれも私の寝起きの悪さが
マズイんだけどね。




壊れた目覚ましを拾い上げて、
机の上に置くと、
机の定位置に置いてあった携帯電話を覗き込む。


携帯電話を枕元に置いて、投げて壊したなんて言ったら
洒落にならない私は、
いつもベッドから少し離れた机の上に置くことにしていた。



七時四十分。




液晶画面を見た途端に、
真っ青になる。



七時半には始まっている朝練。

慌てて私は連絡網として配られた
部員の連絡先表から知った依子先輩の携帯番号へと、
初めて電話をする。


練習が始まってるのか、
なかなか先輩が出る気配がない。


そろそろ切ろうかと悩み始めた頃、
電話の向こうから依子先輩の声が聞こえた。
< 36 / 299 >

この作品をシェア

pagetop