からくれなゐ
 その日娘は、急ぎ足でお稽古事の帰り道を急いでいた。
 近頃はこの京も、諸国から浪人が集まってきて物騒だ。

 ちょっとした料理屋では、やれ佐幕だの倒幕だの、声を荒げる人々が、毎日のように喧嘩を起こしている。
 町で因縁をつけて金をせびることも日常茶飯事なので、往来を歩くときも気を抜けない。

 今日はお稽古が長引いたこともあって、すでに西の空が赤く染まっている。
 ただでさえ物騒なのに、暗くなったらなお危険だ。

 娘は足元に注意しつつ、ひたすら寺の石畳を踏みしめて急いでいた。
 この寺は山に近いだけに、人通りが少ないのだ。
 木々が生い茂り、死角も多い。

 いつもなら大通りを通るところだが、遅くなったこともあって近道を選んだのだ。
 それが間違いだった。

 不意に、娘の前に影が落ちた。
 足を止めて顔を上げると、いかにもな浪人が二人、前に立ちはだかっている。

 一瞬心臓がきゅっと締め上げられたが、怯えを見せてはならない。
 娘は持っていた三味線をぎゅっと抱きしめて、二人を睨んだ。

「これはこれは、美しいお嬢さん」

「我ら、土地に不慣れなもので、道に迷うてしまった。案内してくれぬか」

 にやにやと笑いながら、娘の両脇を固める。

「行先を言いなさい。道ぐらい、教えてあげます」

 両足を踏ん張り、娘は右の男に言った。
 二人とも着物はよれよれで垢じみ、食い詰め浪人であることが一目で知れる。
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