でも、好きなんです。
私の好きな人

憬れの上司

一目ぼれをした。

相手は、この四月に異動してきた、同じ課の課長、山村久、三十七歳。

かなりのイケメン、そして賢い。仕事も出来る。いつもお洒落なスーツをぱりっと着こなしていて、動きのすべてが様になる。

異動の挨拶をする姿を見た時、なんだ、このめちゃくちゃかっこいい人は、と私の目はすっかり釘付けだった。

年齢を聞いてさらに驚く。三十七歳?どう見ても、二十代後半にしか見えない。

一緒に仕事をするようになり更に驚く。

恐ろしいほど仕事が出来る。

書類の不備は的確に指摘するし、数字にも強い。

おまけに所作がスマートだ。聞くと、以前はメガバンクに勤めていたらしい。

出身大学は、地元では随一の国立大学だ。どうりで、と合点がいく。

ハンサムな上に、仕事が出来る、なんていうか、ずるい。これで恋してしまわないはずがないじゃないか。

「愛美のところの課長、かっこいいよねえ。」

 お昼休み、一緒にお弁当を食べていた千春が言った。私は、平静を装って答える。

「ああ・・・山村課長?」

「へえ、山村課長って言うんだ。今日の午前中ね、愛美のところに行ったんだけど、やたらハンサムな人が座ってるなって思わず見とれちゃった。」

「たしかに、山村課長はかっこいいかもね。」

「ねえねえ、あの人、独身?」

「残念ながら結婚してる。子どもはいないけど。」

「なあんだ、残念。でも、奥さんいても、あの人ならいいかも。」

 そう言って千春が笑う。

 私が同じことを言ったらお笑い草だけど、千春が言うと、冗談に聞こえない。

 千春だったら、いとも簡単に、山村課長でさえもものにしてしまいそうだ。

 なんていうか、千春は完ぺきだ。

 ぱっちり大きい瞳も、つややかで形のよい唇も、毎日ばっちりセットされて日替わりで髪型が変わる栗色の髪も、すらっと細い脚や、華奢な肩も、なにもかも、完璧だ。

 おまけに性格もいい。私みたいにもごもご喋らないし、なんていうか、男の人にビビらない。

 課長も、千春みたいな女の子なら、きっと好きになるんだろうな、と思うと、自分が価値のない人間のように思えてきて、どんよりする。
 


 お弁当を食べ終わって、どんよりとした気持ちのまま、トイレで化粧を直す。

 去年までは、化粧直しするのも面倒で、そのまま自席に戻っていたけど、最近は、必死で化粧を直す。少しでも、綺麗に見られたい。

 けれども、先ほどまで見ていた千春の目の大きさの半分もない自分の目の大きさを改めて確認して、思わずため息が出てしまう。それでもなんとか、マスカラで睫毛を必死に修正する。

 ・・・こうして必死に化粧を直している姿なんて、出来れば他の人には見られたくない。

 たいした顔でもない癖に、と思われてそうで。

 ・・・ああ、自信のない女って嫌だね。きっとこうやって、性格も暗くひねくれていくんだろう。ため息をついてファンデーションのコンパクトを閉じる。



 私の仕事は、大抵定時で終わる。会社から駅まではバスで十分、その後電車に乗り、煮十分ほどで最寄り駅に着く。駅から家までは、徒歩で十分ほどだ。
 
 駅から家への帰り道で、今日の課長のひとつひとつのシーンを思い出す。

 副部長に堂々と意見を述べる姿、他部署からの電話に丁寧に、けれども毅然とした態度で対応する姿、私に決裁の書類を返してくれるときの声の感じ。

 ああ、今日も課長はかっこよかったな、と顔はにやけ、けれども今日も、課長との距離は縮められなかったな、と同時にがっかりする。

「はあー、今日も課長、かっこよすぎた。」

台所にお母さんがいるのもお構いなしで、私は独り言を言いながら、ダイニングのテーブルに座る。

「やあねえ、いい年して、みっともない。」

「いいでしょ、ひとりごとなんだから。」

お母さんは台所で夕食の盛り付けをしている。

「でも、その人、結婚してるんでしょ?」

お母さんが芋の煮ころがしと鯖の塩焼きを私の前に並べる。

「そうだけど・・・、別にどうしたいとかじゃないもん、ただ、かっこいいなあ~って。あのかっこよさは奇跡だよ。」

「じゃあ、きっとモテるでしょうねえ。」

「うん、すでに愛人の一人や二人、いるかもしんない。」

「あーら、そんな雰囲気があるの。」

「いや、でもな、家は近所で自転車通勤だから、そんなことしてたらすぐばれるかな。」

 そんな話をしながら、煮ころがしと鯖の塩焼きをおかずに、ご飯をかきこむ。お母さんはきっと、私の話を、冗談程度に聞いているだろう。

 けれど、これは結構マジな恋なのである。そんなことは、まさかお母さんには言えない。

 課長に一目ぼれした四月から二カ月が過ぎていたが、どうしようもない私は、全くアクションを起こせてない。

「やっぱ、綺麗にならなきゃ、だよね。」

 晩御飯を終えて、ベッドに寝転がりながら、私は天井に向かってひとりつぶやいた。綺麗にならなきゃ、か。でも、一体どうすればいいんだろ?
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