マイ リトル イエロー [完]
マイ リトル イエロー

それは一年前のこと


日に当たるとぽうっと灯るような、優しい黄色が大好きだ。

あの小さな可愛い花を見て、私は、この気持ちを大切にしたいと思った。

最初の結婚記念日で、菜の花畑に連れて行って欲しいと言った私に、あなたは眉を顰めていたけど。

いつもスーツ姿で難しい顔をしているあなたが、明るい黄色に囲まれている姿が全然似合わなくて、少しおかしかった。



あの黄色が、なんだか最近少しくすんで見える。

――会社では鬼の上司として知られている私の夫、久城 聡真(クジョウ ソウマ)は、絶対に自分が使ったマグカップを自分で片付けない。

最近それが非常にかなりめちゃくちゃ腹立たしい。

二度も言わせるな、が口癖の鬼上司に、私はもうマグカップの件について10万回は言わせてもらった気がする。

「聡真さん、マグカップ……」

「あー、あとで片す。花菜(カナ)、そこの資料取って」

殴りたい。今すぐこの寝室に置きっ放しだった冷めたブラックコーヒーが入ったマグカップで思い切りこの人の頭を殴りたい。

結婚して2年目、まだまだ新婚ねえーと言ってもらえる年数だが、ここ最近私はこの夫に心底苛ついている。
なぜなら彼は仕事に集中するあまり、私のことをその辺に漂う空気のように扱うからだ。

休日の真昼間に、ずっとプレゼンの資料を作っているこの夫、聡真さんとは職場で出会った。

会社では鬼上司として知られていたが、いざ家庭に入るとだらしない所が沢山出てきた。

マグカップは片付けないし、家事は殆ど手伝ってくれないし、服は脱ぎっぱなしだし、プライベートも仕事ばっかだし。

私の職業は栄養士で、元々聡真さんの会社(大手広告会社)で社食を作っていたが、結婚を機に、職場を知り合いがオーナーのカフェのキッチンに変えた。

聡真さんほど激務ではないかもしれないが、私だって一応働いてる。と言っても、それは私の我儘で働いているだけだから、何も強くは言えないのだけど……。

「なんか、最近より忙しそうだね」

「ずっとMグループと話し合いを重ねていたweb広告売買の契約が正式に取れたんだ。この枠が取れたらかなり手広く展開できる」

「す、すごいねーよく分からないけど……」

「これから色々な審査があるけど、しぶとく交渉していくつもりだ。これは本当に熱い案件なんだ」

「なるほど……で、そのマグカップいつ片すの」

「会社に戻った瞬間、部長と思わずガッツポーズ決めちゃったよ……この仕事に携われたのは富沢部長のひいきあってだから、絶対に失敗できないんだ」

「ねぇ、マグカップ……」

「マグカップでもシャンパングラスでもなんでも買ってやるよ、この一大プロジェクトが終わったらな」
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