強引社長の甘い罠
第一章

再会

 二つ並べたそれぞれのデスクに置かれたパソコンは二台。ここが私のワークスペースだ。デスクとパソコンが二つずつなのは何も私だけじゃない。このフロアでは、ほとんどの社員が二台、もしくはそれ以上のパソコンをあてがわれ、仕事をこなす。

 各個人のワークスペースはデスクパネルで仕切られていて、椅子に座ってパソコンに向かってしまえば、そこはもう自分だけの空間になる。
 他人の視線がない中、自分の仕事に集中できるといえばそうなのだが、これを好機と敢えて他人とコミュニケーションを取らないようにしている社員もちらほらいるのは事実だ。

 私はその両方をうまく使い分けできていると思っている。元来、自分は明るい性格だと思うし、誰とでも上手くやれる自信はある。だから他人をシャットアウトしたいときだけ、脇目も振らずパソコンに向かえばいいのだ。簡単に自分の世界が作れるのだから。

 だけど、今日は別にそういう理由で必死にパソコンに向かっているわけではない。単純に、早めに仕事を終わらせたくて忙しくしているだけである。
 そして、こんな状態の私に話しかけてくるような人間は、この会社で一人だけ。今もその男が、淹れたばかりのコーヒーの湯気の向こうから顔を覗かせた。

「唯、どう? 終わりそう?」

「うん。あとちょっと」

「さすが唯。相変わらず仕事が早いな」

「おだてても無駄よ。今日は聡(さとし)のおごりって決まってるんだから」

「分かってるって。別にそんな意味で言ったんじゃないよ」

 私のデスクの上に湯気が立ち昇るコーヒーを置いて、聡は笑った。

 私、七海唯。二十七歳。大学を卒業してから早五年、この会社でWebデザイナーとして働いている。
 アイクリエイト株式会社。社員四百名ほどのこの会社は、元々はオフィス事務用品を販売していたが、時代の流れか、IT事業に路線変更をしたらしい。らしい、というのは、私が入社したときには既に事務用品の販売はほとんどないに等しく、WebデザインやシステムプログラムなどIT業務が主流だったからだ。

 そして今、私の隣で笑うこの男は、井上聡。私と同い年の同期で、彼はシステムエンジニア。
 現在私がお付き合いしている男性で、今年、係長に昇進した。少し茶色がかった髪に切れ長の瞳が印象的な、いわゆるイケメンだ。

「今度、少し大きな仕事が入るらしいよ」

「そうなの?」
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