サニーサイドアップ
1.
 鼈甲を模したセルフレームの眼鏡のブリッジを中指でくいっと持ち上げて、彼は眉を顰めた。それから小さな声で「嘘だろ…?」と呟いてまじまじと目の前の女性を見つめた。

男は身長が180センチに数センチ満たない程度の長身でTシャツから見える二の腕には程ほどに筋肉がついて筋ばっていた。一重の目は小さく、眉は一文字で濃い。鼻は高く唇はぽってりと厚かった。人目をはばからずに大口を開けて笑うその姿は、女が憶えているよりもいくらか年をとっていて、女が憶えている通りに阿呆面だった。

「うっそっだっろーーーーっ!?信じらんねーっっ!!!!」

 男はもう一度、今度は道行く人が振り向く位の大きな声で言って、笑った。今度眉を顰めたのは彼の前に立った女性の方だった。眼鏡の奥の目が細まる。薄い唇を引いて、睨みつけるように相手の男を見上げていた。

女性は身長が155センチ程で、中肉中背。長めの前髪を横に流したボブカットだ。赤いメタルフレームの奥の目は垂れ目の割りに気が強そうだった。鼻は低めだが形は良い。唇は薄かった。驚きのあまりに無表情に立ち尽くすその姿は、男が憶えているよりもやはり少しは年をとっていたが、男が憶えている通りに──。

 
 所は東京都月島。佃煮の香る倉庫の町。都会らしい大きな通りから一本入ったオフィス街の路地に停まった黄色いケータリングカーが初夏の太陽を受けて光っていた。大門 航(だいもんわたる)、ケータリング会社社長および社員、年齢34歳。中倉 弓音(なかくらゆみお)、契約社員、年齢36歳。弓音が大学を卒業してから14年、ふたりが再会した友人の結婚式からは10年、ふたりが最後に会った日からは実に8年の月日が経っていた。

 
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