私の優しい人
◇1◇
 彼に魅かれたきっかけはそう、境遇が似ていたから。

 私に限って言えばそれに尽きる。

 小学生の時に父を亡くし、母一人子一人。

 お金の苦労がなくやってこられたのは、家のローンが団体信用生命保険で全額支払われ、それ以降の支払いが無くなった事。
 父の生命保険金が入った事。
 母が家の近くで正社員としての職を得ることができたからだ。

 小学生の私に母はその事を、分かりやすく教えていた。
 少しでも私の不安を減らそうと思っての事だろう。

 そのおかげで、他の事に煩わされず、私は父を思って泣く事に集中できた。
 母に勧められるままに、大学まで出してもらった。

 正直、大学に入ったあたりから、自分の家庭環境をわざわざ披露する機会もなくなって、私はほっとしていた。

「里奈のパパは? 厳しくないの?」

「家のお父さんなんて最悪だよ。聞いて!」

 友達の口にする言葉に、その単語が入る度、私は人知れず体を固くしていた。

 何かのきっかけで、うちは母子家庭だと吐かなければならない瞬間の居たたまれなさは、何度経験しても慣れるものじゃない。

「そうなんだ。ごめんね」
 その位なら言われ慣れている。

「かわいそう」
 そんな風に言われたら、私はどう答えればいいんだろう。

 私はかわいそうじゃない。
 そう言いたくても、言葉は貼りついて出てこない。

 無理して笑うのがその時は精一杯だった。

 そんな些細な苦い経験を繰り返し、知らずに卑屈になっていた私。

 そんな私をぎょっとさせたのが……啓太さんだった。
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