恋衣 ~呉服屋さんに恋して~
一章:永恋


窓の外では、綻び始めた桜の蕾が、開花の時を静かに待ちわびている。
そんな外の静けさとは裏腹に、私の心は落ち着きを失っていた。

「大人っぽく見えるかな……」

部屋で着慣れないワンピースに袖を通し、不安に思いながら背中のファスナーに手をかける。

せめて“五年前”の自分よりは大人になっていたい。

願いを込めるようにファスナーをあげていると、一階から私を呼ぶ声が聞こえた。

「凛子(りんこ)、お金はテーブルの上に置いておくからね!」

私と同様、母も朝から慌ただしく動き回っていた。

「うーん」

頭の中が他のことでいっぱいだった私は、身なりを整えながら唸るように返事をした。

だけど母の耳には届かなかったようで、階段を上る足音が聞こえてきた。

「凛子、聞いてるの?」
「きゃっ」

私の部屋へ近づいてくる……と気付いた時には遅く、ドアは短く音を立てて開かれてしまった。

ノックも断りも一言もなかったので、ファスナーを上げていた手がビクリと止まってしまった。

「お、お母さん……いきなり開けないでよ」
「だって、凜子が返事しないからでしょ」
「へ……返事したよ」

声が小さかったかもしれないけど……。

わかってはいたけれど、今はそれどころではなかった。自分にとって、大事な時を迎えようとしているのだ。


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