上司のヒミツと私のウソ
プロローグ


「なにを熱心に見てんの?」


 振り向くと、テレビで見たのと同じ顔が私に話しかけていた。

 二年前と変わらない、静かな低音の落ち着いた声。


「あ……」


 私の心臓の鼓動は一気に速度を増して、抱えていた資料を落としそうになった。


 たまたま企画部に用があって、六階のフロアに来ていた。

 用をすませて帰ろうとしたとき、廊下の奥の休憩スペースに見覚えのあるポスターが貼ってあるのに気づいた。

 窓からの陽射しを受けてすっかり色あせていたけれど、それはまちがいなくあのときの広告だった。


 彼は、私が見ているポスターを、私と同じように真剣に見ていた。その横顔をじっと見つめていると、私の視線に気づいてふいにこちらを向く。


「これ、なにかおかしい?」


 それを作った本人が、私と並んで目の前のポスターを見上げ、平然と聞く。


「い、いえ──まさかっ。これはすごく……っ。おかしくなんか、ぜ、全然いいですっ」

 あわてまくってなにをいってるのか自分でもよくわからない。

 ただ何度も大きく首を振って、激しく意思表示した。それを見て、彼が眼鏡ごしにやわらかくほほえむ。テレビではめったに見せなかった笑顔。


 だから、つい調子に乗ってしまった。


「わ、私、あの、大好きなんです!」


 それが、彼と私の秘密のはじまりだった。
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