狂妄のアイリス
第一章「はじまりはじまり」

狂妄

 一糸まとわぬ姿で、床の上に横たわっている。

 体毛も薄く、乳房もまだ膨らみ始めたばかりの女の子。

 暗闇の中で浮かび上がる白い体を隠すに、滑らかな黒髪はまだ短すぎた。

 女の子の唇からもれるうめき声がもれて、まだ生きていることを示す。

 けれど、胸の上下もわずかで呼吸さえままならない。

 まるで人形のように、女の子は無造作に横たわっていた。


「いやぁ……」


 焦点の定まらない目が何かを見つけ、うめき声が拒絶を形作る。

 女の子のうつろな眼差しが見つめる先にあるのは、ひと振りのナイフ。

 闇に同化する黒服をまとった何者かが、冷たく光るそれを握り締めて女の子を見下ろしていた。

 つま先から指の先まで黒で統一された衣装だけでなく、黒い布で顔も覆っている。

 視界の確保のために布には隙間があったが、その先も闇に閉ざされ顔は見えない。

 ただ、双眸だけが艶めかしい。

 自由のきかない体で、女の子は黒装束から距離を取ろうとあがく。

 黒装束はうごめく様を冷ややかに見下ろしながら、床に爪が当たる音を耳にしただけだった。


「ああっ」


 女の子の白い腹の上に、黒装束が馬乗りになる。

 何事かをうめきながら抵抗をするが、女の子の心情に反して体はまったく動かない。

 ただうつろな目だけが、振り上げられたナイフに見開かれる。


「あああああああああああああ!」


 無慈悲にナイフは振り下ろされ、女の子の柔らかい肌を貫く。

 切っ先は肋骨の隙間を縫い、その内部へと忍び込む。

 いとも簡単に、ナイフは柄まで呑み込まれた。

 女の子の手足が痙攣を起したように跳ねあがり、黒装束の体が揺れる。

 それでもナイフを持つ手が離れる事はなく、より力が込められる。

 ナイフは体内に埋もれたまま、捻られた。

 女の子の喉がごぽりと鳴る。

 内臓から逆流した血が溢れ、よだれのように伝う。

 女の子は、自らの血で溺れていった。

 黒装束がナイフを引き抜くと、名残惜しそうに血と肉片がまとわりつく。

 ナイフが抜けた穴からは、まだ命ある心臓の動きに合わせて血が何度も噴き出す。

 脈打つように流れる血とともに、命も流れ出す。

 女の子の体から熱が失われていき、死が忍び寄る。

 黒装束はその流れを加速させるべく、再びナイフを振り上げた。

 女の子。

 とても愛らしいふっくりとした頬。

 まだ未発達の体。

 将来ある命。

 この子がなにをしたというのだろう。

 この子の何がそんなにも憎いというのだろう。

 何度も振り上げられ振り下ろされたナイフは、何度も体を刻んでいく。

 既に女の子の命が失われても構わず、何度も何度も繰り返す。

 暗闇の中、その音だけが響き渡っていた。
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