隠す人
9.淡いぬくもり
9.最終章 淡いぬくもり


24階、エグゼクティブ・フロアに、エレベーターが到着した。
磨き上げられた大理石の床に、男の靴音、そしてスーツケースのキャスターの音が響く。

人のいない受付カウンターを一瞥し、奥の秘書室の扉を開けた。

「おぉ、二宮か」

平常業務に戻った秘書室で、パソコンの画面とにらめっこの佐伯課長。

「あ~、また下がったぞ」
一島重工の株価をチェックしているらしい。

「・・・残っている私物を、取りに来ました」

「そうか。今日だったな、出発は」

「星野さんは」

「外出中」

「・・・そうですか」

佐伯課長が、ずり落ちたメガネの隙間から、二宮の顔をのぞく。

「あれ?会えなくてがっかり?」

「いえ、そういう訳では」
二宮は否定すると、カバンから分厚い資料を取り出した。

「星野さんにこれを渡そうと思って」

「なんだ、そりゃ?」

「引継ぎ資料です。まだ渡してませんでしたから」

「・・・そうか」
星野の机に置かれた資料を、佐伯課長は感慨深げに眺める。
その重さと厚みが、これまで二宮が果たしてきた仕事の、量と深さを物語っていた。

「課長」

「ん?」

我に帰る佐伯課長に、二宮が頭を下げた。

「ありがとうございました」



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