あひるの仔に天使の羽根を
§第1日目

・退院日

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東京池袋に位置する、医療法人紫生会 東池袋総合病院。


全国の名医ばかりが引き抜かれた、著名すぎるこの巨大病院は、東京を拠点として拡張続ける紫堂財閥の持ち物だ。


2ヶ月間、この病院にお世話になったあたし――神崎芹霞は、今日ようやく退院する。


人生2度目の病院生活も、住めば都となるもので、今日限りで見納めだと思えば、僅かにもの悲しい。


築20年超の神崎家より豪奢な……紫堂財閥VIP用の病室を使わせて貰えば、元の世界に戻りたくなくなるのも当然かもしれない。


庶民には手の届かぬ贅を凝らした"病室"での長期滞在など、恐らくあたしの人生史上これが最初で最後だ。……そう願いたい。


あたしは本当にコネに恵まれているらしい。


否、コネだけではなく――


「ああ、お迎え来たのね?」


場所を忘却しそうな黄色い歓声が響き渡るのを耳にすれば、いかにあたしが凄い人達と知り合いなのか、その人間関係に恵まれていることを実感せざるを得ない。


白衣の天使いえど、ここはあたしの病室しかない最上階。


他の患者に遠慮することなく、黄色い声は無駄に拡がり反響し合う。


いつも以上の喧噪は、別れに臨む惜別の情故に。


少なくともそれは、あたしへのものじゃない。




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