セックス·フレンド【完結】
21
西村君の車に戻ったあたしは、ただ呆然としていた。


まるで、竜宮城から戻った浦島太郎みたいに、無気力だった。


「で、ひと暴れしてきたの?」


しばらく黙ってタバコを吸っていた西村君が、しびれを切らしたように訊ねた。


静かに首を振ったあたしに、西村君は安堵したような、でも、どこか納得のいかないような複雑な表情を浮かべている。


そう、あたしは何もしなかった。


隆也が振り返った時、あたしは、咄嗟にエスカレーターに飛び乗った。


それが、すべてだ。


彼があたしに気づいたかどうかは、わからない。

けど、そんなことはどうでもいい。


あたしは、ただ、二人の幸せな姿をこの目に焼き付けておきたかった。


自分を納得させるために。


そして、もう二度と淡い期待を抱かなくてもいいように。


隆也を待つことのないように。
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