アジアン・プリンス
(3)ティナの企み
メイソンは搾り出すような声で、息子ジャックに命令する。


「いいかジャック、この馬鹿ものに今夜に相応しいドレスを着せて、殿下の前に連れて来るんだ! 貴様にもそれくらいのことはできるだろう。いいな!」

「は、はい。お父さん」


メイソンの怒声は、会社の古参の重役連中ですら震え上がるほどだ。それを向けられ、ジャックはびくついて自動的に首を縦に振っている。人を思い通りにするのは気分がいいが、後継者である息子がこの様ではいささか心もとない。

それに比べて、ティナは動きを止めたメイソンの手を振り払い、平然と前を向いている。わずか24歳の小娘に過ぎないティナのほうが、大企業のトップに向いているのかもしれない。

その証拠に、ティナはイェール大学を優秀な成績で卒業したが、ジャックのほうは格の落ちるスタンフォード大学を卒業するのに、かなりの時間と金を必要とした。

ジャックは期待できない。優秀な男を見つけたら、ぜひ娘の婿に……。 


そこまで考え、もうひとりの娘であるアンジーがこの場にいないことを思い出していた。

アンジーは急遽、モナコの別荘に行かせてある。ティナの婚約が成立し、式の日取りが正式に決まれば呼び戻す算段だ。万一にもこの場にいて、皇太子の目に留まらないとも限らない。ティナよりアンジーを、と望まれたら、ノーとは言うのは難しいだろう。


アンジーはティナより2歳下だ。今ひとつ自覚に欠け、頼りないのは兄ジャックとよく似ている。だが、文句なく男を惹きつける容姿をしていた。ティナよりひと回り小柄で、姉に良く似たブロンド。しかし、瞳の色は違って、姉はグリーン掛かったヘーゼル、妹のほうが鮮やかなエメラルドをしていた。

父親としては、婿を取るまでシーツを被せてクローゼットにしまっておきたい娘である。妙な男に引っ掛かりでもしたら、後はないのだ。


まったく! あんなことさえなければ、ティナに婿をとって後継者に据えれたものを。忌々しい思いで、メイソンはティナの黒ずくめの後姿を見送った。


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