始末屋 妖幻堂
第三章
 朝起きると、相変わらず千之助の姿しかない。
 世話になっている身なので、主である千之助よりも早く起きて、朝餉の支度なりをしたいところだが、小菊の部屋は、千之助の部屋よりも奥である。
 一階に下りるには、千之助の部屋を横切らねばならないのだ。
 寝ている主の枕元を横切るのは、躊躇われる。

 それに、一人とは限らないのだ。
 いつも小菊が二階に上がるまで、千之助の傍には狐姫がいる。

 狐姫が何者なのか、何故太夫の格好なのかもよくわからないが、二人がただならぬ仲なのは間違いない。
 ・・・・・・と、見ている。

 だとしたら、不用意に千之助の部屋に入るのは、避けるべきだ。

 そう思っていたのだが、実際のところは、小菊は千之助がいつ寝て、いつ起き出したのか、さっぱり知らない。
 いつも小菊が起きたときには、隣室は、しんと静まり返っているのだ。

「旦那様、今日は朝餉、お召し上がりになりますか?」

 小菊が起き出してからずっと、小刀で木を削り、何かを作っていた千之助は、かけられた言葉に怪訝な顔をした。

「俺ぁ別に、お前さんを身請けしたわけじゃねぇ。そんな畏まらんでもいいぜ」

「でも、お世話になってるわけですから。それに、皆‘旦那’って呼ぶじゃないですか」

 まぁそうだが、と呟き、千之助は腰を浮かしつつ、辺りに散らばっていた木屑や木片を隅に追いやった。
 そして、ひょいと小菊の手元を見る。
< 32 / 475 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop