モノクロォムの硝子鳥
Ⅱ.御屋敷

車は高速を抜け、閑静な高級住宅街の並ぶ坂を登り、やがて開けた空間に出た。

開けた高台に並ぶ木々の群れ。
何処か広大な別荘地を思わせる風景に、溶け込むように佇む大きな門扉が見えてくる。
重厚感のある大きな鉄の門扉に黒塗りの車が近付くと、迎え入れるようにゆっくりと開かれた。

門扉からさらに続く並木通りを抜け、漸く屋敷の正面にある車寄せへ到着した。
晩秋に近いこの季節にも、秋・冬を彩る花や緑が屋敷の玄関を飾り、来客者の目を楽しませる。

途中からずっと俯いたまま固まっていたひゆは、車が停まってから少し遅れて顔を上げた。
隣に居た九鬼はいつの間にか車を降り、後部ドアを開いて中でまだ動かないひゆの様子を伺っていた。


「長らくお待たせしまして申し訳ございませんでした。蓮水様、志堂院様の御屋敷へようこそ」


言葉と共に、形の良い手を差し出される。
一瞬迷ったが、差し出されたその手を取らずにひゆは鞄を掴んで車を降りた。

車から降りた途端、目の前に佇む屋敷を見てひゆは息を飲んだ。

まるで英国の昔物語に出て来るような、灰色の石造りの重厚な建物。
上下左右に大きく、けれど屋敷が誇張して見えないのは絶妙なバランスで配置された木々や装飾が屋敷に品格を与えているからだろう。

凝った装飾の施された円柱型の玄関には、玄関と同じく装飾を施されたひさしが等間隔に伸びた6本の柱に支えられている。

『玄関』というよりは、豪奢な帝国ホテルのエントランスを思わせる造りに、ひゆは呆然と立ち尽くしていた。


「かなり冷えてまいりましたのでどうぞ御屋敷の中へ。お身体に障ってはいけませんので」


九鬼が隣に来ても分からないほど呆然としていたのに気付いて、慌てて屋敷から目を逸らす。
中へと促されるが、今からこの得体の知れない屋敷に足を踏み入れるのかと思うと、なかなか最初の一歩が踏み出せない。


「御屋敷は気に入って頂けましたか?」


耳にするりと滑り込む低い美声。
優しい眼差しでひゆを見る男の顔には整った笑顔。

どう答えて良いか分からず、ひゆは無言になってしまう。


「こちらの御屋敷は建てられてからもう100年以上の年月を経ております。先代も先々代もこちらの御屋敷を愛し、また御屋敷に居る使用人達も誇りを持って仕えております」


歴史のある御屋敷の前で立ち尽くしたままのひゆの肩にそっと手を添え、「どうぞ御屋敷の中へ」と九鬼は優しく誘導した。

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