平成のシンデレラ
第一章 ~From her viewpoint ~

さすが信州。秋の訪れが早い。


9月の半ばを過ぎたと言っても
都会はまだまだ夏の名残が
はばを利かせているというのに
ここではもう乾いた心地よい風の中にかすかな冷気さえ感じてしまう。
東京駅から高速バスに揺られること4時間。
終点の長野駅まではあと少しだ。

電車なら1時間半くらいで行けたのに
往路だけは交通費が出ない契約だから
運賃の安いバスで行けと言われ
今日から3週間の仕事に向う私は
何を隠そう母親の経営する派遣会社で派遣社員の仕事をしている。
別に隠すことなどないのだけれど
いい年して仕事まで親掛かりってのがちょっと・・・ね。


まあコレでも一応、半年前までは
大手企業の総合職で
バリバリ仕事をしていた身。
高嶺の花なんてあだ名される
そこそこのキャリアだった。


でもその高嶺の花というのも
意味はひとつではないらしい。
「男の手が届かない」のも
「男に手が届かない」のも
両方に使える便利な例え。モノは言いようとはよく言ったものだ。


自分の場合が後者だったのも
解釈が二通りあった事も
幸か不幸か知ったのは退職後。
そんなあだ名に少しでも気を良くしていた自分が情けない。


「そんなだから、男の良し悪しも見分けられなくて当然か」


・・・返す言葉がありません。
さすがは実の母親。よーく娘をご存知で。



「まったくねぇ。アンタ幾つよ?32にもなって恋は盲目でした、なんて笑わせんじゃないわよ?」


・・・笑わすつもりなど毛頭ございませんことよ。お母サマ。



「だいたい二股するような男にはね、疑わしいオーラって出てるもんよ」



・・・それが分かってたら、こんな事にはなってません。



「別の女を孕まして、婚約解消だもんね。女として、アンタ情けなくない?」



・・・ええ、吐きそうなくらい情けないわよ。母親なら傷口に塩塗るようなこと言わないで。



「結婚して他人と暮らす苦労をしたバツイチの方がずっといいわ。ハクも格も違うわよ」



ハクとか格の問題なのか? 
それよりも何よりも婚約破棄されて傷ついたのはアナタの娘なのよ?!

もう少しこう…母親らしい優しい言葉をかけてくれたって罰は当たらないと思うけど。
大体、婚約破棄としては過ぎる慰謝料をふんだくっといて、どの口が言うか!


「それに何も会社まで辞めることはなかったのよ。悪いのはあの男の方なんだし」


そりゃそうだけど……
居られるわけないでしょう?
あっちは移動で名古屋支社へ飛ばされたけど同じ会社で働く男に婚約破棄された女が職場に居残ったって居た堪れないだけ。


もう少し若ければ、そんなゴシップを跳ね除けるパワーだってあったかもしれないけれど、気力も体力も右下がりな今は、年を重ねて身につけたほんの少しの意地と強がりで
負け犬と陰で囁かれている事に気づかないフリをするのが精一杯。


それだって・・・結構辛いんだから。


「あーあ。大学まで出して、いろんなお稽古事させてアンタには元手がかかってるっていうのに…」


・・・だから何よ?!


「玉の輿に乗っけて、私が楽な余生を送りたかったに決まってるでしょ!」



あのね・・・。
自分の娘を冷静に、内から外からよーく見たことがある実の親なら
決して言わない一言だわよ?オカアサマ。



「しまったわねぇ。
やっぱり学生の時に海外留学させておくんだったわ!それでアラブの王様にでも見初められて第3夫人あたりに納まってればねぇ・・・」


そんなの自分で納まればよかったでしょうが!第一、どうやったらアラブの王様と知り合えるというのか。
この母は娘をどこへ留学させるつもりでいたのだろう。
しかも第3夫人って・・・
そんな居ても居なくてもいいような、どうでもいいような位置に
元手のかかった愛娘が収まっていてもいいのか?


「ま、このご時勢、32才で再就職となれば、正規は厳しいだろうし
まして玉の輿なんて夢見るのもおこがましいだろうから、ウチでしっかり働いて、親孝行しなさいね」


そう目の前に突き出された一枚の紙切れには住所と地図。


「何これ?」
「明日から3週間。ここでハウスキーパーするのがアンタの仕事」
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