あなたの隣が就職先
あなたの隣が就職先


あなたの隣が就職先


「そんな条件の会社はないですね」


 垂れ目気味の目が、よりもっと下がって苦笑する。
 癒し系の草食男子な先生は、優しく言ってくれた。
 
 目の前の先生は、かなり優しい。
 わかっている。先生が言いたいことは。

 私の成績を何度見たって変わり映えはしない。そんなことはわかってる。
 
 でもね。
 それが、作戦だって言ったら……先生はどうする?

「……先生」

「ん? なんだい? 他の会社の資料も取り寄せようか。まだ時間はあるし、焦ることはないよ?」

「……」

「このご時勢だからね。君だけじゃないんだ、こういうことは。だから、大丈夫だよ?」

「……」

「ん? どうしたのかな?」


 ずっと黙ったままの私を、先生は心配そうに顔を覗きこんできた。

 近づけられたその瞳はキレイだ。
 心から私のことを心配している。そんな瞳だ。
 
 だけどね、先生。
 私は、先生が思うほどいい子じゃないんだよ。

 優等生で通ってきた私。
 生徒会だって何度もやってきたし、先生たちの信頼も深いと思う。

 クラスでも学級委員をやったりと、目の前の先生と接する機会は同じクラスメイトよりもたくさんあったはず。

 成績だって、たぶん……学年トップクラスだと思う。
 だから、ごくごく普通の条件をだせば大体通るってことも知っている。

 知っているのに、どうしてこんなに無理難題な好条件を望むようなことを就職希望用紙に書いたと思う?


 私は、近づいてきた先生の唇に、自分の唇を押し当てた。
 ゆっくりと、先生の唇の柔らかさを自らの唇で感じる。

 初めてのキスは、自分から先生に……。
 
 そっと瞳を開けると、固まったままの先生が私のことを凝視していた。
 
 そうだよね。びっくりしちゃったよね、先生。
 突然、進路指導していたら自分の生徒に唇奪われちゃったんだから。

「ねぇ、先生」

「……今、君は……なにを」

「キスだよ、先生」

「どうして、こんなことをしたんだい?」

「どうしてって。そんなの聞かなくたってわかるでしょ?」

「わからないから、聞いているんだ」


 目の前の先生の顔は真剣だった。
 ただ、頬を真っ赤に染めていて迫力はなかったけど。

 でも、そんなところも好き。大好き。
 私は、先生が大好き。


「大好きだから、したんだよ」

「っ!」

「私のファーストキスだよ、先生。どうだった?」

「ど、ど、どうって!」

「気持ちよかった? 嬉しかった? 困っちゃった?」

「……」


 黙ったまま、口を押さえ視線を逸らす先生。
 そんな先生の背後に回り、ギュッと抱きついた。


「ちょ、ちょっと、な、なにを」

「何って、先生を抱きしめているんだよ」

「や、やめなさい。ここがどこだかわかっているのかい? それに僕が、」


 先生の声を遮るように、私は先生の背中で呟いた。


「わかってるよ。私の担任の先生だよ」

「わ、わかっているなら!」

「だけどね、止まらないの。好きなんだもん。どうしようもないんだよ? 人の気持ちは止められないんだよ」

「……」

「それはね、先生であっても止められないし、私にも止めることはできないんだよ」


 ギュッと再び背中に抱きつくと、先生は私の手を無理やり外した。
 その力はやっぱり男の人の力で、私を振り向いた先生の瞳は男の色香を感じた。


「先生、私がどうして絶対に無理だろうっていう条件を用紙に書いて提出したのか、わかる?」

「わ、わからないよ。どうしてだい? こんな条件の会社なんて、どこを探しても見つからないと思うよ。君ならわかるよね?」


 うん、そうだよね。
 絶対に無理だもの。それを分かった上で進路相談用紙に書いたのだから。
 先生にどうしてもいいたい言葉があったから。
 そのためだけに、こんな無理難題な要望を突きつけたの。

 私は、少しだけため息をついた。もちろん、演技だけど。


「条件をのんでくれる会社は見つかりそうにもないですよね」

「ざ、残念ながら」

「じゃあ、私……ひとつ気になっている就職先があるんですけど。たぶん、そこしか就職できないんじゃないかと……」


 思わせぶりでそう私が呟くと、先生は慌てて資料のファイルを捲り始めた。


「どの会社だい? この会社かな? いや、こっちかな」


 動揺しているのが手にとるような先生。
 私は、忙しなくファイルを捲っている先生の手を握った。


「っ!」


 真っ赤になって私を見上げた先生に、私はにっこりと微笑んだ。


「先生のところですよ」

「……え?」


 ポカンと口を大きくあけて、私を見つめる先生に私はもう一度にっこりと笑った。


「先生のところに、永久就職させてください」

「っ!!」

「そこ以外は、就職するつもりありませんから」

「ちょ、ちょっと、何を言っているんだい?」


 大慌てで真っ赤になってうろたえる先生に、私は首を傾げて呟いた。


「私、知っているんですよ? 先生」

「え……?」

「先生が私のことを好きだってこと」


 ガタンと、椅子が倒れた。
 そしてそこには勢いよく立ち上がった先生。頬は真っ赤で、動揺しすぎて視線は泳ぎっぱなし。


「だから、問題ないですよね?」


 勝ち誇ったような気分で、真っ赤になって立ちつくしている先生に言うと、先生はその場にしゃがみこんでしまった。
 耳まで真っ赤になっている先生の顔を、私は同じようにしゃがみこんで見つめた。


「ねぇ、先生」

「……」

「私をお嫁さんにするつもりは、ないですか?」

「っ!」


 子犬みたいにウルウルと瞳を揺らす先生。可愛いすぎる。

 手を伸ばせば、すぐに私が手に入りますよ?
 それも一生だよ?


 そう先生の耳元で囁くと、


「君はズルイです」


 と小さく呟いた。


「そんなこと言われてしまったら、お嫁さんにしたいと言いたくなるでしょう」


 そう言った先生の瞳は、確かに私を欲しているようで……。
 私たちは、真っ赤な顔をして見つめ合った。

 
 FIN
 

 
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