月の大陸
推理しましょう。
謁見の間を出るとそのままステファーノの執務室に通された

ステファーノとセリクシニ
それに騎士が二人執務室でミランダを待っていた

「先ほどは父が失礼した。」

ステファーノがソファにゆったりと腰掛けながら息を吐いた

「いえ。失礼ですが、陛下と宰相閣下は…」

「異母兄弟です。」

ミランダの問いに答えたのはセリクシニだ
トリンキュローは先代王の正妃の息子でイザークは側室の息子だった
イザークの母は彼を産んですぐに他界したので
正妃がトリンキュローと分け隔てなく育て上げた

王位継承権を早々に放棄したイザークはそれ以降
宰相としてトリンキュローに仕えている

「…という事はお二人は…。」

「従兄弟だな。まぁ、俺には兄弟がいないし父にも側室はいないから
セリクは兄弟の様なものだ。」

「殿下、話し方が…。」

セリクシニ咎められてもステファーノは気にしない

「良い。ここには俺たちしかいないわけだし堅苦しい呼び方は
二人の時はいつもしなくていいと言っているだろう?
それに、魔女殿も許す。名前で呼んでくれ。」

「え?あ、っそれは…さすがに恐れ多いと言いますか…。」

思わずセリクシニ助けを求めたミランダを優しい笑みが捕える

「ステーフは言い出したら聞きません。どうぞ言われた通りにしてください。
私の事はセリクで構いません。」

その言葉を聞いていささか安心したミランダは納得するように頷いた

「では、私の事も名前でお呼びください。
ステファーノ様、セリク様。…とそちらの方たちは…?」

ミランダの視線に入ったのは騎士のかっこをした茶髪の二人
背が高く短く刈り込んだ髪に左耳のロングピアスが目立つ男と
中背でがっしりした熊みたいな筋肉男だ

「あぁ、ロングピアスの男が騎士団長補佐のカイル・モーガン。
熊みたいな男が騎士団副長のロザリンド・グーク。
ミランダ、カイルは筋金入りの女たらしで
ロザリンドは変態だから気を付けろ。」

ステファーノが二人を紹介するとすぐに抗議の声が上がった

「ステファーノ様、その紹介は無いでしょ?
ミランダちゃんの様な美人の前でそんなこと言われたら何も出来ないじゃん。」

カイルはそう言って悪びれた様子も無くミランダにウインクを飛ばす

うわっ!!ここにいたよ!残念なイケメン…

「…自分も…変態ではありません。」

顔を赤くして鼻息まで荒いのに蚊の鳴くような小さな声で
ロザリンドもミランダに視線を送る

あー秋葉に居そうな感じの人だな
でも私も腐女子だし、オタクって嫌いじゃないよ?

そんな思いでロザリンドに頬笑みを返すと一気に全身を真っ赤にし
ロザリンドは後ろを向いた

「ははは!こいつらも幼い時から一緒なのだよ。
まぁ、この二人はミランダの護衛と今回の事件の担当騎士にもなっているから
よろしくな。」

声をあげて笑うステファーノはとても気さくで親しみやすい男だった

「では、自己紹介も済んだところで本題に入りましょうか。」

セリクシニはそう言ってテーブルに王都の地図とデジュメを広げた

「地図には魔獣が出現した場所に印を付けておきました。
こちらは詳細の資料です。」

セリクシニの説明通り地図には数十か所印が付いている
それもまんべんなく、地図全体に…

資料を見ると被害者の名前や特徴、目撃者の証言まで事細かに記してあった

「すごい…こんなに丁寧な書類見た事ないです。」

事務をやっていた葵ですらこのように見やすく効率のいい書類は扱った事が無い
しかも、この世界にはパソコンなんて文化は存在しない

中世ヨーロッパの生活様式中心で魔法があるためか電気は無く
ガスランプなどが一般的な世界
もちろんテレビや携帯と言った文明機器は日本に比べるとはるかに遅れている

「恐れ入ります。」
セリクシニが恭しく頭を下げた

仕事ができるイケメンってモテそう…
思わずセリクシニにタイトなビジネススーツを着せたところを想像してしまったミランダ(葵)はすぐに頭を切り替えた

「ミランダはどう思う?」

ステファーノの問いにミランダは地図を見つめた

「…魔獣は元は聖獣です。神からの加護を失い欲におぼれ
強大な魔力を持ったまま醜い姿に変わってしまう。
聖獣が魔獣に変わるときはある程度魔力の変化で感知する事が出来ますが
この最初の事件が起こった日前後に魔力の変化は感知できませんでした。
そして、それ以降も…。

これだけの数を同じ一体の魔獣だけで行うのは不可能です。
時間の差も少ないし…。目撃証言もバラバラ。
魔獣は複数いるものと考えられます。」

推理マンガをこよなく愛し読み続けていたミランダ(葵)は
こう言った推理をするのが好きだった

「ミランダ殿でも魔力の変化を感知できないという事は
結界でも張っているのでしょうか…?」

セリクシニの言葉にステファーノが頷く

「確かに、ミランダほどの魔法使いが感知できないとなれば
相当の決壊を張ってその中で聖獣を魔獣に変えている…
…者がいる…のかもしれない。」

この事件が天災ではなく人災だと知ったステファーノの顔に一瞬影が差した

「恐れながら、ミランダちゃんよりも強い魔法使いなんているんですか?」

カイルの発言にミランダに視線が集まった

たしか…設定上ミランダとエアリエルが最強の魔法使いにしてあるけど
もう、この世界は私の設定とは別に動き出している部分が多い…

葵はこの世界で過ごすうちに既にこの小説が既に
自分の手を離れてしまったと感じていた
葵が想像していた以上に複雑にそして念密にこの世界は構築されている
その事にずしりと重い恐怖に似た不安を感じる事があったが
目の前にことに集中しようとその影を心の奥にしまう

「…既に先代の魔女様は無くなっていますし
私とエアリエル以上に強い魔力を持った魔法使いは居ないと思われます。
ただ…絶対とは言い切れませんが。

上位魔法使いが数名集まれば強力な結界を張ることも可能ですが
上位魔法使いは全て私とエアリエルの弟子として監視下にありますのでそれも不可能かと…。」

「…ならば、一体誰が…。」


その時

「失礼いたします。
シコラックス殿とプロスぺロー殿がお見えです。」

と見張りの声が室内に響いた
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