HAPPY CLOVER 2-ないしょの関係-
#04 楽しいグループデートが始まってしまった。(side暖人)
 ジーンズのポケットの中でケータイが鳴る。メールの音だ。自転車を漕ぎながら片手をポケットに突っ込んだ。

 案の定、英理子からだった。もう準備ができたらしい。早いな、と思いながらチラッと前を見て、返信を打ち込む。

 駅に到着すると階段を段飛ばしで駆け上がり、改札口の前を素通りする。

「清水くん!?」

 不意に女子の声がした。声のほうを見ると、女子のクセにやたらとビッグな山辺さんがいた。バレーボールをやっている人らしい体型だ。

「そんなに慌ててどこに行くの? 待ち合わせ場所、ここだよね?」

 近づいてきた山辺さんの私服姿はカジュアルで意外とオシャレな感じだった。意外と、なんて言ったら怒られそうだが。ちなみに俺は怖くて彼女を呼び捨てにできない。

 なにしろ、初めて山辺さんのスパイクの破壊力を目の当たりにした男子一同、本気で震え上がったことは不名誉だが本当のことだった。あれが脳天に炸裂したら、と想像するだけでも目の前に星が飛びそうだ。

「彼女を迎えに行って来る。約束時間までもう少しあるし」

「そっかぁ。彼女さんに会うの、楽しみ。早く連れておいでよ」

 俺よりよっぽど筋肉質なのに、会話していると山辺さんは他の女子よりもよっぽど女子らしいと思う。……って、この表現もかなり失礼か?

 ともかく舞を迎えに行かなければならないので、返事もそこそこにその場を去った。





 それにしても、舞が突然やる気を出して菅原たちの誘いに乗ってくれたのは、予想外の嬉しい驚きだった。

 更に「できません」と断言していたイメチェンにまでチャレンジするというから、本当はかなり無理をしているのではないかと心配になる。だが実際、俺の胸の内は心配以上に期待のほうが大きかった。

 駅に直結しているショッピングセンターへの通路を渡ると、出入口に英理子の姿が見えた。その場をウロウロして落ち着きがない。それを見ると俺まで不安な気持ちになってくる。

 ――どうしたんだ? 舞はどこに……?

「遅いですよ! 五分前行動を心がけてください」

 俺の姿を見つけるなり、英理子は甲高い声を出して言った。英理子は怒ると言葉が更に丁寧語になる。咄嗟に俺は申し訳ないというように腰を低くした。

「ごめん。これでも急いで来たんだけど。……それで舞は?」

「もう、ずっと待ってたんだよ!」

「なんだよ、五分くらい遅れたうちに入らな……」

 英理子の視線の先に白いスカートが見えて、一瞬ドキッとした。更に目が合って胸の鼓動が激しくなる。

 舞は壁際で、壁に溶け込もうとするかのように息を潜めてひっそりと立っていた。

「ね、どう? 舞ちゃん、すっごくかわいいよね?」

「……いや」

 英理子が満面の笑みをたたえて、俺の顔を覗きこむようにするので、思わず顔を背けた。

 その途端に英理子は俺を思い切りど突く。

「なによ、その『いや』って。今、絶対かわいいって思ったでしょ? 顔が赤くなってるわよ」

「いや、『イメチェン』っていうから、もっと大々的に変化しているのかと……」

 なぜか俺の返事はしどろもどろになってしまった。

「大々的? 一体どんなものを想像してたのよ?」

「いや、ほら……鼻眼鏡とか?」

「それ『イメチェン』じゃなくて変装です」

 すかさず舞からツッコミが入った。嬉しくなって舞のほうを見ると、またドキッとする。眼鏡はいつもと同じなのに、何かが違う。胸のドキドキを何とかやり過ごし、俺は覚悟を決めて真っ直ぐに舞を見た。

 ――えっと、なんて言うんだ?

「……ヘアバンド?」

「カチューシャ?」

 自信なさげに言うと英理子も疑問形で返してきた。

「ああ、それそれ。……って、英理子が手伝ったイメチェンってカチューシャつけただけじゃん」

「そうよ」

 開き直るつもりか、自信満々な返事だ。俺が更にツッコミを入れようとしたら、それを制するように英理子は俺の鼻先に人差し指を向けた。

「でもそれだけじゃないわよ。ほら、よーく見てよ。舞ちゃんの髪の毛、ツヤツヤ!」

 そう言って英理子は舞の肩先から髪の毛を掬い上げてうっとりする。思わず俺も舞の傍に行き、英理子とは反対側から舞の髪に触れた。

「うわー、ホントにツヤツヤで触り心地いい」

 それによく見るといつものおかっぱが、ただのおかっぱじゃなくなっている。

「え? カットとかしてないよね?」

 俺の驚き混じりの声に英理子は即座に反応した。

「ウフフ、これぞエリコマジック!」

 その間も両脇から髪の毛を弄ばれている舞。かわいそうになるくらい見事に固まっていた。

 ――だけど本当に大変なのはこれからだよ?

 と、俺は思う。その大変な目に遭わせているのは他でもない俺なんだけど。

 英理子は有頂天でエリコマジックについて語り始めた。かいつまんで言えば、テレビで観たカリスマの技を真似してドライヤーでブローし、艶の出るワックスをつけたのだそうだ。そして仕上げにカチューシャ。

「さすが英理子、よくやった。じゃ!」

「ちょっと『じゃ!』ってなによ。もうちょっと労ってくれてもよくない?」

「わかった。今度ジュース買ってやる。じゃ!」

「ぶっ」

 いきなり舞が吹き出した。

「ジュースって……」

「ホント、はるくんは……って、ちょっと!」

 英理子の声を背中に聞きながら、俺は舞の腕を取ってショッピングセンターの通路を戻る。もう菅原たちとの約束の時間なのだ。

「あの……英理子さんを置いてきちゃっていいの?」

 俺の顔をこわごわと覗き込む舞の仕草がかわいい。あまりにもかわいいので、一旦掴んでいた腕を離し、改めて手を繋いだ。

「いいの、いいの。だって時間だし。五分前行動って英理子が言ってたんだよ」

「あの……手は繋がないほうがいいかと」

 遠慮がちに引っ込めようとする舞の手を、反発して力強く前に引っ張った。

「嫌だ」

 ――ここまで来て今更……。

 わざと大きくため息をつく。舞は困ったようにうつむいて、立ち止まってしまった。



 ――どうする? 二人ですっぽかす?



 その選択肢も有りだと思うが、それでは英理子が浮かばれない。握っている手の力を緩めて、俺は舞を試した。

 もし舞が俺の手を振りほどくのなら、菅原たちを放っておいて舞ともう一度話し合おうと思う。

 だが、舞は軽く重ねただけの手を自ら離そうとはしなかった。

 ――よしよし。

 気分を良くした俺はもう一度手に力を込めて繋ぎ直し、舞の耳元に顔を寄せて言った。

「その格好、舞に似合ってるし、かわいいよ」

 眼鏡の奥でパチパチと瞬きを繰り返す舞の顔が徐々に赤くなってきて、見ている俺まで恥ずかしくなってくる。慌てて前を向き、強引に舞の手を引っ張って待ち合わせ場所へと向かった。
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