鏡の中【TABOO】
鏡の中
指が震えてる。
鏡の中の彼は無表情で、鏡の中の自分をじっと見つめている。
「扇(おうぎ)さんの指って綺麗だね」
突然、彼がそう言って驚いた。見ると、鏡の中の彼の目が、やはり鏡の中の私の指を見つめている。
「有難うございます」
如才なく微笑んでみせると、彼も同じように笑みを返してきた。
「扇さん、彼氏いるでしょ」
また、唐突な問い。
「えっ? 何で?」
少し声が裏返る。持っていた櫛が揺れた。
「最近、綺麗になったって皆、言ってますよ」
「それは彼氏とかじゃなくて仕事柄、だらしない格好ができないからですよ」
笑ってそう言ったが、嘘。最近、彼ができた。
だけど今、私は目の前のこのアイドルに心を持っていかれてる。
なぜならさっき、メイク室に入る直前の彼が、マネージャーに酷く叱られていたのを見てしまったから。
俯いて、目に涙を滲ませているのまでしっかり見えてしまった。
慌ててメイク室に入り深呼吸したけど、未だに動揺してる。
涙をこらえる姿が、とても可愛くて、母性本能をくすぐっていた。と、
「さっき……見たでしょ」
急に声のトーンを落として彼が呟いた。
「……叱られちゃった」
その声に瞬間、胸がざわついて、熱気だか冷気だか解らないものが足元から這い上がってくるのが解った。
抱きしめたい。
今、連続ドラマに出演中の彼はほぼ毎日ここへ来る。
しかも、半年という長いドラマ。
「俺、役者としての才能、ないみたい」
「そんな事ないですよ。一生懸命頑張ってるじゃないですか」
弱音を吐かれるのがこんなにも嬉しい。でも、どうしよう。私には恋人がいるのに正直、今、堪らなくときめいている。
「扇さん……」
彼の座っていた椅子が突然大きく揺れ、鏡に彼の背中が写し出される。
「扇さん……」
その背中に、震えなから回る、私の指。
やがて、鏡の中でしっかりと彼の背中に張り付いた。
「初めてここで逢った時から、あなたが好きでした」
撮影はまだ、1/3の期間を終えたばかり。
「扇さんに逢えるから、俺……」
“アイドル”という衣を今は脱ぎ捨てた彼の声。
「大丈夫、頑張って」
私はそっと、自分から彼の唇を包んだ。
鏡の中の私たちはまるでドラマのワンシーンのように、いつまでも、続けていた。
fin
鏡の中の彼は無表情で、鏡の中の自分をじっと見つめている。
「扇(おうぎ)さんの指って綺麗だね」
突然、彼がそう言って驚いた。見ると、鏡の中の彼の目が、やはり鏡の中の私の指を見つめている。
「有難うございます」
如才なく微笑んでみせると、彼も同じように笑みを返してきた。
「扇さん、彼氏いるでしょ」
また、唐突な問い。
「えっ? 何で?」
少し声が裏返る。持っていた櫛が揺れた。
「最近、綺麗になったって皆、言ってますよ」
「それは彼氏とかじゃなくて仕事柄、だらしない格好ができないからですよ」
笑ってそう言ったが、嘘。最近、彼ができた。
だけど今、私は目の前のこのアイドルに心を持っていかれてる。
なぜならさっき、メイク室に入る直前の彼が、マネージャーに酷く叱られていたのを見てしまったから。
俯いて、目に涙を滲ませているのまでしっかり見えてしまった。
慌ててメイク室に入り深呼吸したけど、未だに動揺してる。
涙をこらえる姿が、とても可愛くて、母性本能をくすぐっていた。と、
「さっき……見たでしょ」
急に声のトーンを落として彼が呟いた。
「……叱られちゃった」
その声に瞬間、胸がざわついて、熱気だか冷気だか解らないものが足元から這い上がってくるのが解った。
抱きしめたい。
今、連続ドラマに出演中の彼はほぼ毎日ここへ来る。
しかも、半年という長いドラマ。
「俺、役者としての才能、ないみたい」
「そんな事ないですよ。一生懸命頑張ってるじゃないですか」
弱音を吐かれるのがこんなにも嬉しい。でも、どうしよう。私には恋人がいるのに正直、今、堪らなくときめいている。
「扇さん……」
彼の座っていた椅子が突然大きく揺れ、鏡に彼の背中が写し出される。
「扇さん……」
その背中に、震えなから回る、私の指。
やがて、鏡の中でしっかりと彼の背中に張り付いた。
「初めてここで逢った時から、あなたが好きでした」
撮影はまだ、1/3の期間を終えたばかり。
「扇さんに逢えるから、俺……」
“アイドル”という衣を今は脱ぎ捨てた彼の声。
「大丈夫、頑張って」
私はそっと、自分から彼の唇を包んだ。
鏡の中の私たちはまるでドラマのワンシーンのように、いつまでも、続けていた。
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