魔王に甘いくちづけを【完】
月の女神
ロゥヴェルの空に月が輝く。

何日もの間降り続いた雨は漸く止み、藍色の空に数億もの星が瞬く。

降るような星の中を箒星が煌く余韻を残しながら幾筋も流れる。


雨が苦手な者たちが家の外に出て嬉しそうに空を見上げ、背伸びをして大きく深呼吸する。


長い時を空け、久々に行われたセラヴィ王の国作り。

澄み切った空に清んだ水、国中が爽やかな空気に満ち

皆の表情に安堵と喜びをもたらす―――――








「ふむ・・・満月に合わせたか・・・随分、無理をしたな」



静かな呟きが、白みかけた夜空に吸い込まれる。

遠くに見える水平線に、一筋の光りの線が現れる。


国作りは王の健在を示す。

長雨で淀んでいた空気と国民の鬱いだ心が、一気に変化した。

眼下に感じられる民の気配も歓喜に満ちている。

効果は、てきめんだ。




―――力の誇示―――


『まだ、やれる』ということか。

どうやら、当分の間は王位を退くつもりはないようだ。

それはそれでいいが、いくら命の捧げを受けているとしても体の限界はとうに来ている筈だ。

が、妃を迎えるとの話はまだ伝わってこない。

逆に頑なに断り続けてるとの噂は聞く。

王位を譲らず妃も迎えない。

その理由は何故かは考えずとも分かることだ。

大臣どもは見当もついてないようだがな・・・。




――――今宵は満月。

しかも女神ヘカテの月ときてる。

すべての魔物の血が騒ぐ夜。

しかも、守りの要は留守だと聞いた。

行動を起こすには十分な好機と言える――――




「・・・行け」


「―――承知」




低く響いた短かな声に反応し、高木の枝がザサッと揺れた。


水面が光りの恵みを受け始める。


あたたかく全てを育む太陽の光。

徐々に、街を、国を満たしていく。


長い長い一日の始まりだ――――
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