さよならの魔法
『彼女の記憶』
side・ユウキ







彼女の記憶と言えば、ほんのわずかなものしかない。


グループも別。

共通の友人もいない。


だけど、俺は覚えてる。




いつも教室の隅で、本を読んでいた天宮。

窓から吹き込む風が、彼女の着ているセーラー服を揺らす。


真剣な眼差しで、本に視線を落とす彼女。

時折わずかに微笑んで、幸せそうに本を読む。



きっと、本当に本が好きなんだな。

本を読んでいる時の天宮は、そう思うほどに幸せそうで。


見ているだけで、こっちまで穏やかな気持ちになれる。

ほとんど本なんて読まない、運動部の俺とは大違いだ。



そういえば、美術の授業で描いていた絵も上手かった。

どうして、美術部に入らなかったのだろう。


あんなに上手ければ、賞だって狙えるのに。

もっと本格的に、絵を描いたらいいのに。


今更ながら、疑問に思う。



俺が描いた落書きみたいな絵とは違って、天宮が描いた絵は素晴らしかった。


風景画なんかは、特に。

淡い色合いに、優しいタッチ。


まるで、天宮そのもの。





天宮は大人しくて、いつも俯いていた気がする。

下を向いた、彼女の瞳。


彼女と視線が合うことは、あまりなかったけれど。

何かを話すことも、なかったけれど。



それでも、彼女に対して悪い印象を抱くことはなかった。



何も話さなくても、そこにいるだけでいい。

秋の空気みたいに、落ち着いた雰囲気を醸し出していて。


天宮が表立って、嫌われているという話も聞かなかった。







彼女を取り巻く環境が変わってしまうのは、中学2年に進級してからのこと。



< 26 / 499 >

この作品をシェア

pagetop