夜香花
第七章
「お前は先代頭領の一粒種の忘れ形見。『深成』の名に恥じぬよう、忍びの技を磨くのじゃ」

 粗末なあばら屋で、深成を前に、皺々の爺が言った。
 幼い深成には、爺の言うことはよくわからず、ただ両腕を縛る縄から抜けることに必死になっている。

「爺ぃ。こんなの抜けられないよぅ」

 しばらく奮闘していた深成が、泣き言を言う。
 爺はそんな深成に首を振り、手に持った椀に箸を付けた。

「抜けられなければ、飯は食えぬぞ」

 ほかほかと湯気を立てる夕餉の椀に、深成はごくりと喉を鳴らす。
 ちゃんと目の前には、深成の膳も用意されているのだ。

 が、身体は荒縄に縛られている。
 じわりと、深成の目に涙が浮かんだ。

「これ、泣くでない。頭を使うのじゃ。そう特殊な縛り方ではない。お主の身体能力を持ってすれば、わけなく抜けられるはずじゃ」

 慰めるように言う爺だが、決して縄を解いてはくれない。
 自力で抜けるしかないのだ。

「深成よ。お主は先代頭領の一粒種ぞ。お主に出来ぬことはないのだ」

 爺の言葉は、いつも優しい。
 ことある事に言われ続けてきた言葉である。
 その言葉と共に、あらゆる忍びの術を仕込まれた。
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