愛しい太陽
4
意識が浮上して、明るさが瞼を刺す。視界は見慣れない色に占拠されている。

『おはよう、ヒナ』
『…アズィール…』
『よく眠っていたね、気分は?』

視界を占拠していたのはアズィールの胸だ。

『湯浴みに行こう』

全裸のアズィールが同じく陽菜を腕に抱いて、主寝室のバスルームに向かう。広い浴槽には並々と湯が張り、不思議な香りがする。

『ここも…香油?』
『バスオイルだ。これは嫌いか?』

抱えたままで浴槽に入ると、陽菜を背後から抱えるように浸かる。まるで陽菜の椅子だ。自らの手で陽菜の躯を洗うように撫でていく。

『…好き』
『そうか、よかった』

凭れる陽菜がリラックスしているのを感じ、アズィールも安堵した。

『ヒナ、髪を洗おう』

また抱き上げられ、丁寧に髪を洗われた。世話好きなのかと思いながらも、陽菜はされるがまま。子供でも甘やかすように、甲斐甲斐しくされた経験がない。だが居た堪れない気分ではなく、寧ろ心地いい。

『じゃあ、私も』

今度は陽菜がアズィールの髪を洗ってやる。アズィールもこの甘い雰囲気が嫌ではなかった。陽菜の穏やかな笑みは、向けられた事のないものだ。秘書である時の陽菜の笑みが、正しく営業スマイルである事も理解し、今の笑みの方がずっと美しいと感じた。

そうして二人がアリーに会ったのは昼にも近い時間だ。用意された食事を済ませると、リネンの交換が終わっていた主寝室に逆戻り。行為に及ぶわけではないが、二人で横になり、アズィールは陽菜に腕枕してやると、髪を梳き、頬を撫で、額にキスをする。それが心地いい陽菜もアズィールに擦り寄り、背に腕を回す。暫くすると、陽菜はまたうつらうつらし始めた。

『眠っても構わないよ、ヒナ?私もこのまま眠れそうだ』
『ん…アズィール…』

陽菜を撫でていた手を絡めて繋げば、陽菜の胸元に引き寄せられた。次第に深くなる息遣いに、アズィールも誘われて眠っていた。

この五日――まるで蜜月だったと、アズィールは反芻する。互いに気が向けば時間も気にせず繋がり、夜は深く抱き合う。
複数回に渡り繋げたのは陽菜が初めてだ。だがまだ足りない。大切なものが足りない。欲深になっている自身に、弟に偉そうな事を言った過去を悔いた――。




 美月の休暇明け、アズィールの元に本国に帰ったサイードから連絡があった。ホテル誘致の関係で、オーナーの結婚式に招待され、出席した先で、新婦の親族だった美月に再会し、プロポーズを受けてもらえた、と。
出社した美月に声を掛ければ、休暇前が嘘のような晴々とした笑みだった。陽菜は自分の事のように喜んでいる。そこで常務から、美月をアズィール付きにとの話があった。いずれ陽菜もシャーラムへ…浮足立つ気持ちを抑える。出社すると休暇が嘘だったかのような、秘書の顔に戻ってしまった。


「じゃあこれね」

アズィールが帰国する事になった。サイードと美月の婚儀の為でもあるのだが、本国にもそれなりに公務を抱えているのだ。これからアズィールに付くのは美月だ。久々の再会もそこそこに、二人は休暇の間の引継をしている。

「うん」
「また暫く美月に会えないなんて寂しい…」
「陽菜…陽菜にも来てもらえたらいいのに…」
「けど支社が出来たら私も転勤だし、また一緒」
「待ってる、ね」
「うん、いってらっしゃい、美月」

帰国前夜、アズィールはまた陽菜をホテルへ連れ帰った。日本では最後の逢瀬だ。翌日のチェックアウト前に、陽菜がアズィールを呼び止めた。

『美月、お願いします』
『あぁ、勿論だ。私の義妹だからね』

あっさりした陽菜とは対照的に、アズィールには気掛かりがあった。

『ヒナ、次に私に会うまで、決して誰にも抱かれてはならないよ』
『何を急に…』
『君は私に愛されているんだ、私以外がこの躯に触れる事は許さない』
『私はアズィール、の愛妾になったつもりはないわ』

顔を背ける陽菜の頤を掬い、目を合わせる。

『そうするつもりは一切ない。ヒナはハレムに入れない』
『当たり前です、私なんか…』
『私のヒナを勝手に卑下する事も禁ずる』
『っ!?』
『天に輝く灼熱の太陽より私を熱くさせてくれる…ヒナ、私の愛しい太陽』

【私のヒナ】【私の愛しい太陽】…気障すぎるそれらが妙に似合うと思えるのは、アズィールのお国柄だと言い聞かせる。

『よく覚えておきなさい…サイードも強引だが、私程ではないんだよ。ありとあらゆる権限を駆使して、必ず君を手に入れる』
『…王太子殿下だもの…全て言い成りになるんでしょう?』
『確かにそうだ。だが私はそれすら厭わない…ヒナ、必ず君を手に入れるよ。忘れてはならない、いいね?』

頬に触れて額にキスを贈る。名残惜しいが今暫し堪えるだけだ。
空港で美月と合流し、専用機で本国に向かう。機内では緊張気味の美月を気遣い、本国の話をしてやりながら、美月からは陽菜についての話を訊く事が出来た。

『…そうでしたか…でも陽菜が自分から話すなんて…珍しいです』
『そう、なのか…?』
『はい…特にその話に関しては。私と殿下しか知らないと思いますし。それに陽菜は、不安になると温もりを求めたくなるみたいで…』
『心配だな…』
『…はぃ』

陽菜に思いを馳せる。だがもう動き始めた。アズィールが陽菜の全てを手に入れる為――。
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