jack of all trades ~珍奇なS悪魔の住処~【完】
ギリギリな日常
あの日から、わたしと香さんの交友関係?が始まった。
友達のような恋人のような、どちらかはっきりしない関係、俗に言う、友達以上恋人未満の関係。
要するに、わたしたちの場合、内では焦がされるような恋をしているけど、外では気持ちや感情を瞭然に出さないといったところだ。
曖昧に表現する、どこかに誤魔化しや冗談を含めないと反則になってしまう。
わたしには彼氏がいるから反則。
では、香さんは?
その答えを聞く勇気は湧いてこなかった。
出会ってまだ数日、彼のことは上辺だけしか分からないし、お互いに探り合いの状態、何より初期段階に傷付いて別れが訪れることに、わたしは耐えられなかった。
秀斗に対しての罪悪感は募るばかりだったが、未知な甘美に酔いしれたいという理由だけで別れを切り出すのは、気が進まなかった。
なんて、わたしは卑怯で欲張りな動物だろう。

わたしは、どこにでもいそうな平凡なOLだ。
定時で始まって定時で終わる、同じことを繰り返すだけで、人に感謝されるわけでもない。
仕事はもちろん、気持ちさえも事務的になる、なんて冷たく固い職種なんだろう。
わたしはこの仕事が向いている、そう言い聞かせて続けていくしかない。
環境の変化を怖がるわたしにとって、転職という2文字は、遠い砂漠に散って飛ばされていくのだ。
だけど、今は、虚しい空想にふける隙も与えないほどの悦楽を手に入れた。
仕事が終わると、家に帰ってお風呂に入る。
化粧をし直して、お気に入りの洋服に身を包んで、出掛けるのだ。
彼の店 ~jack of all trades~
何でも屋へ。

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