恋人を振り向かせる方法
命懸けの敦哉の想い


私が敦哉さんに嘘をついたのは、精一杯の愛情からだった。
ああ言えば、敦哉さんは正々堂々と私を振る事が出来るはず。
それが出来れば、何も遠慮することなく奈子さんと付き合えるのだ。
それに、裸で海流と一緒にいたのは事実だし、裏切り行為は私も同じなのだから。
と考えて、思わず吹き出した。

「何だよ、愛来。笑う元気が出てきた?」

海流は私の体を離すと、小さな笑みを浮かべて見た。

「自惚れてた自分自身がおかしかったの。敦哉さんは私を裏切ったんじゃない。最初から、気持ちは奈子さんにあったんだもん。自分の気持ちに素直になっただけよね」

そうだ。
敦哉さんではなく、裏切り行為をしたのは私だけだ。
だって、私は敦哉さんが好きなのだから。
その気持ちを裏切った。

「ありがとう、海流。側にいてくれて助かった。私、今日は帰るね」

「えっ?帰る?だって、外はもう真っ暗だぞ?」

「いいの。海流は仕事があるんだよね?私の事は気にしないで頑張って」

戸惑う海流を尻目に、服を着替え終えると部屋を出た。
敦哉さんはどこへ行ったのだろうか。
まだ船に残っていればいいのだけれど。
すっかり静かになった船内は、人の影もまばらだ。
デッキには電光装飾が施され、ロマンチックな雰囲気が、今の私の気持ちとは正反対だった。

「愛来さん?」

もう少しで船外への扉に着くというタイミングで、奈子さんに声をかけられたのだった。
本当は、その姿を見るのも辛い。
だけど、無視をするわけにもいかず、それにもう会う事もないだろうと思い、振り返った。
その奈子さんは髪を下ろし、服も品のある普通着に着替えてある。
それが妙に生々しい感じがして、直視出来なかった。

「愛来さん、こんな時間からどこへ行くの?」

どこでもいいだろうと思いながらも、一応答えてみる。

「帰るの。私の役目は終わったから」

「役目?」

顔をしかめる奈子さんに、最後の強がりを見せた。

「見ちゃったんです。敦哉さんと奈子さんがキスをしてるとこ」

「えっ?」

「知ったんですよね?私たちの付き合いが嘘モノだって。敦哉さんてば、それをバラして奈子さんを抱くんだもん。だから、私がここにいる意味はないって事なんです」

おどけてみせると、奈子さんはぎこちないながらも笑顔を浮かべた。

「な、なんだ。見られてたんだ。恥ずかしいけど、これであなたに説明する手間も省けたってものね。ごめんね。敦哉くんは返してもらう。さっきは、敦哉くんてば激しくて、ちょっと熱冷ましに空気を吸いに出てたの」

「そうですか•••」

想像したくないのに、想像してしまう。
敦哉さんが奈子さんを抱いている姿を想像して、慌てて打ち消した。

「それじゃあ、私はもう帰るので」

逃げるようにその場を離れる私に、奈子さんは背後から、ダメ押しとも取れる言葉を放ったのだった。

「もし私が敦哉くんの赤ちゃんを妊娠したら、真っ先に愛来さんに報告するわね」

そんな報告はいらない。
堪え切れない涙を流しながら、私は船から走り出た。
星一つ見えない夜空が、まるで今の私の心と同じで切ない。
この涙が枯れる事はあるのだろうか。
心が晴れる事はあるのだろうか。
敦哉さんが側にいない。
それは私にとって、心を失ったも同じだった。
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