「涙流れる時に」
1 片思い
都心に位置する、某大手企業。ここで2年ぶりに臨時採用の募集が行われていた。

るみ子は前の会社を辞め、再起をかけて、この会社にやってきた。

「またここからだわ・・」るみ子はそう決意し、今、面接官の前に立っていた。

並み居る面接希望者の中でひときわ際立つ女。しかし、この女、今年で25才。

若きエースまでとは言わないが、しかし、その美貌に自信は満ちていて・・・

「絶対受かるわ。」

るみ子の思惑どおり彼女は面接官たちををうならせていた。

「来月から入社してください。」

「ハイ。ありがとうございます。」

沢田るみ子。この会社の受付嬢として採用が決まった。

「沢田さんですね。」

「ハイ。」

初出勤で彼女を出迎えたのは、人事担当の強面な男。

「綺麗だけでは、仕事にならんよ・・・」

「えぇ・・・まぁ・・・」

「つくづく、牧村好みの顔だよな。」男はふと、そうこぼす。

「何よ。初日から・・・」

るみ子はその意味すらわからないまま・・・なんとも言えぬ苛立ちを感じたが、この男とオフィスの廊下を進んでいた。

採用を決定付けたのも、ある男のおかげ。彼女を誰よりも推してくれた男。

役員の牧村恭平 40才。るみ子はそのことを後から知って、1度は逢ってみたかった。

実は、入社してからは牧村って名前を何度も聞いていた。

「人事担当の牧村さんにお電話です。」

るみ子はたびたび、牧村宛の電話を取り次いでいたから。

人事の牧村・・・何度も声を聞くたびに、るみ子はその声が自分のタイプで

まだ見ぬ、牧村に想いを寄せていた。

「牧村さんってどんな人・・・?」

電話越しの彼の声から彼の顔や体型までも想像する。

ちょっと深みのある声は、耳元で聞いていて、なんとも欲情してしまう。

しかし、これは自分の中だけにしまっておこう・・・

社内でそんなこと言える相手もいない。

しかし、唯一何でも話せる、受付ではいつも隣にいる紗江だけには牧村への憧れを告げていた。

紗江からしてみれば、よくある女子社員の浮かれた妄想にすぎなかったのかも。

いつも、聞き流されては、慰められてしまう。話せば話すほど、想いって募るもの・・・「やばいな。わたし・・・」
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