逢瀬を重ね、君を愛す
後日談

抜け殻の君



『彩音は、自分の時代に帰ったよ』


そう告げられたのは、彩音を薫の元へ見送った次の日の朝だった。
彩音が自分の部屋で待ってろって言ったんだ。どうせ、うかれた顔で薫との惚気話を聞かされるのだと身構えて、でも嫌でもなくて。友人として接すようにと気持ちを落ち着けて、でもそわそわしながら待ってたのに。
夜に彩音は帰ってこなくて。代わりのように朝早く薫が一人でやってきた。

「え、うそだろ?なあ、薫」

「…」


清雅の問いに薫は視線をずらす。何も口を開かない薫に思わず詰め寄り胸倉をつかみあげる。


「だって、まだあいつの帰る日じゃないだろ?それに、言ったんだよ。俺に!部屋で待ってろって!!帰って…来るからって…」


もう最後の方は涙で声が出なかった。あの言葉を言った時の彩音が鮮明に思い出されるから。
目の前で仮面をかぶったような、抜け殻になったような薫は静かに清雅を見つめていた。


「っ…」


急に力が抜ける。薫をつかんでいた手を放すとそのまま崩れ落ちるように床に座り込んだ。


「っ…くっ…」


悲しさ、憤り、悔しさ、愛おしさ。すべてが混ざった感情は自分でも収集がつかない。
今もまだ残っているかのように、彩音に触れた手が熱くなる。


「彩音・・・・」


馬鹿で。阿呆で。世間知らずで。
清雅に面と向かって喧嘩を吹っかけてくる愚か者。そして、まぶしいくらい真っ直ぐに薫に好意を寄せていた彼女を。

見ていて、好きになった。
同時に、薫を助けてくれるかもしれないと願った。


これじゃあ…遠花の時と同じだ。
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