薬指の約束は社内秘で
第1章 初恋の彼とクールな彼


会議室の扉を開けた瞬間、「今日は厄日だ」と確信した。


「なっ、生意気なことをっ。お前、常務派だろ!?」

窓際の長テーブルの前で、長身の男性社員が彼より頭ひとつ低い中年男性に肩を鷲掴みされている。

下っ腹が出ているのが分かる中年男性は販売部2課の課長で、もうひとりの若い彼は確か――。

出世街道ドイツ支社帰りの『地蔵』だ。
いや、違う。それ、あだ名だって。

心で呟く間も、つばが飛ぶ勢いで言い放たれた彼は静かに課長を見つめている。

あの人、名前なんだっけ?

社内で人気急上昇中の彼の名前がなぜだか思い出せず、湯呑みを乗せたお盆を片手に考えていたら、私の存在に気付いた彼がこちらに視線を流した。

髪と同じ黒い瞳に見つめられドクンッと無意識に震えた胸で、なるほどねぇと思う。

涼しげな切れ長の瞳、鼻筋の通った綺麗なラインは少し羨ましいくらい。
遠目からでも上質と分かるダークスーツを着こなす彼は服のセンスまでいいらしい。

これは出世街道じゃなくても騒がれるレベルにあるよねぇ。

心で呟きながら深く頷いた。

そんな彼の社内評価は2つにわかれる。

女性社員からは、玉の輿候補No.1として。

男性社員からは、無駄話はせず黙々と仕事をし、合コンの誘いにも乗らない堅物な性格から、地蔵なんてあだ名がつけられている。

(合コンは女子社員を集める餌なんだろうけど)
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