愛してもいいですか
9.あなたに
あの日、膝を濡らした彼女の涙。
それは少し冷たくて、小さな肩の彼女を、より一層愛おしく感じさせた。
「日向さん、この書類社長にお願いします」
「うん、分かった」
ある平日の夕方の、もうすぐ定時になろうとしている頃。
会社の四階にある経理部で、俺は社員から書類を受け取るとパラパラと中身を簡単に確認して頷く。
ここしばらく続いていた忙しい日々もようやく落ち着き、社内もどこかほのぼのと平和な空気で溢れていた。
そんな中で、密かにめぐる噂がひとつ。
「それにしても、この前の社長の話聞いた?」
『社長』、聞こえてきたその名前につい目を向けると、そこではフロアの端でお茶を飲みながら話をしている経理部の社員たちが三名ほど。
女性一人に男性二人といった組み合わせの彼らは、背後に立つ俺に気付く様子もなく話を続ける。
「聞いた聞いた。エムスター相手に土下座したんだって?それも自ら、取引継続のために」
「すごいよね、絶対そういうことしなさそうなのに。正直ちょっと見直したよー」
「最近雰囲気も少し柔らかくなった気もするし、この前なんて『お疲れ様』って笑いかけられてさぁ。ちょっと可愛いとか思っちゃったよ」
ようやく気付いたか、架代さんの可愛らしさに。心の中で呟くとふふんと笑ってフロアを後にした。