ロンリーハーツ
デートしようよ 1
私はいつも、夜勤明けには、病院内にある仮眠室で寝て、家に帰っている。

そういえば、「新城先生は仮眠室を住処にし、病院で暮らしてるんですか?」と、看護師や医者仲間数人から聞かれたことが一時期だけどあったっけ。

『なんで』
『いつも病院にいるし、いつも白Tシャツに赤ジャージ着てるから』

そりゃあ・・・無精な私だけど、下着含めて、毎日着替えはしてるわよ!
白Tも赤ジャーも、同じのたくさん持ってんの!
藍前がいつも、ネクタイ含むスーツを着ているように、私にとっては、それが制服みたいなもんだから。

私は、藍前ちの鍵をポケットの中でつかむと、グリグリいじった。

私が夜勤の間、あいつは平日シフトだったし。
病院までのアクセスは、あいつんちよりうちの方がいいし。
だからあいつに鍵をもらって一週間経つけど、まだ一度も使ってない。

そういうわけで、私はこの一週間、結局仮眠室で仮眠を取ってた。
いつものように。

シフトが合わなかったこともあって、あれ以来藍前には会ってもいない。
でも明日はお互い休みだ。
しかも生理が終わって大よそ3日経つ今日は、私にとって「安全日」。

つまり、妊娠する確率が、かなーり高い日。

ゴールデンゾーンにいる今夜・・は無理だけど、明日、できれば明後日も、しっかり種を植えつけなきゃ、果実が実ることもない。

藍前にはしっかり動いて・・・たくさん出してもらわないと。
と思っただけで、私は興奮してしまった。

いけないっ!
ここは病院で、私はまだまだ勤務時間中だった!

私はズキンと感じた鳩尾にそっと手を当てて、膨れ上がった性欲をドウドウと宥めると、ポケットから鍵を取り出した。
きらきら光る真新しい鍵は、まるで私の新たな人生の幕開けの象徴のように見える。

私は鍵に向かってニンマリ微笑むと、それをポケットに入れ、仕事モードに切り替えた。








「早かったね。仮眠取ってうちに来ると思ってた」
「いやあ。ちょっとねー」

はやる心を抑えつつ藍前ち(ここ)に来た、と言うのは、何となく憚られる。
いい年こいて、鼻息荒く盛ってんのよ、私はっ!

「おなかすいてる?朝ごはん作ろうか?」
「後でいい。それより眠い」

一部方向違いに跳ねてる藍前の柔らかい黒髪や、銀縁眼鏡の奥にある、切れ長の目がまだ眠たげに見えたせいなのか。
いや、やっぱり仮眠取らずに藍前ちに来たせいか。
食い気より急な眠気が私を襲った。

そんな私を見た藍前はクスッと笑うと、「そうみたいだね」と言うと、私の腰に大きな右手を添えた。

「少し寝たほうがいい。歩ける?」
「あぁうん、だいじょーぶ。あんたは?」
「僕は私事の続きする」
「しごと?」
「うん。プライベートの財務管理」

なんて会話をしながら歩いていた私たちは、いつの間にかベッドの前まで来ていた。

「寝てたんじゃないの?あんた・・・」
「30分程前に起きてたよ」
「あ、そう・・・」
「はいちとせさん、眠って」と藍前は言いながら、私をベッドに寝かせ、布団をかけてくれた。

藍前の匂いがする。
そりゃそーよね。
これ、藍前のベッドで、藍前ち(ここ)にはベッド1つしかないし。

黒いTシャツに黒い短パン姿の藍前が、頭をカシカシとかいた。
そこがちょうど、寝ぐせでピンと跳ねてるところ、というのが、私の笑いのツボをチョンとつついたみたいだ。

だからクスクス笑ってるのに、なぜか私は「寝起きのこいつはセクシーだなー」と思ってる。

やっぱゴールデンゾーンに入って、ムラムラ来てるんだろうか・・・でも・・・あぁダメ。
ね、ねむい・・・。









結局私は昼前に起きた。
夜勤明けのいつものパターン。
胎内じゃない、体内時計は正確だ。

リビングへ行くと、私に気づいた藍前は、読んでいた本をテーブルに置き、ソファから立ち上がった。

「おはよう、ちとせさん」
「おはよ、藍前」

藍前はニコッと笑うと、キッチンの方へ歩いた。

「何食べたい?」
「うーん、お茶漬け。水もらうよ」
「どうぞ」

私が冷蔵庫からペットボトルを取り出してる間に、藍前がグラスを取ってくれた。

「ありがと」
「どういたしまして」

藍前ち(ここ)に来たのは4度目だというのに、私ってば・・・なじんでるなー。

「お茶漬けお茶漬け」とつぶやきながら、いそいそと準備している藍前は、モロ男ってがたいなのに、動きが丁寧だ。
でも女々しさは微塵もなくて・・・ずっと見ていたい。

と思ってしまった私は、慌ててグラスに水を注いだ。



「あんたもお茶漬け食べるんだね」
「食べますよ。たまにだけど、むしょうに食べたくなるんですよねー」

私は鮭、藍前は海苔茶漬けをフーフーしながら食べていた。

「でも藍前とお茶漬けって、なんか意外な組み合わせ」
「そうかなあ。僕んちにはお茶漬けの元もあるし、ふりかけとか漬物だって常備してますよ」
「外食しないの?」
「あんまり。昼は病院のカフェテリアで済ませてるから、朝と夜は自炊というのが僕の基本です。とはいっても、ひとりだから、大したものは作ってないですよ。それこそふりかけごはんで終わることもあるし。ちとせさんは外食派でしょ?」
「なんでわかるの?」
「え!だってほら、この前家事に時間かけたくないって言ってたし!」

ハハハと笑う藍前の顔が、なんとなーく引きつって見えるのは、気のせいだろうか・・・。

「ねえ藍前」
「はい?」
「今日は・・・」
「これから出かけようよ」

うぐ。こいつ・・・。
私が「セックスしまくろうよ!」って言おうと思っていたのを勘づいたの?

つい無言で咎める視線を向けたけど、その先にいる藍前は、ニコニコしている。

「・・・どこ行くのよ」
「うーん。海見に行く?」
「なんで」
「いい天気だし。せっかく二人そろって休みだからさ、デートしようよ」
「・・・デー、ト?」

私は目をパチパチさせながら、藍前を見た。

「ちとせさん、デートって言葉、聞いたことないの?」
「あ、あるわよっ!」

「僕たち、つき合ってるんだよね」

やっぱりこいつ、勘づいてる。
ゴールデンゾーン中なんだから、ベッドにこもって種植えしまくりたいと私が思ってることに。

「うん、まあ・・・うん」
「じゃ、出かけよう」

藍前は挑むような目つきで私を見ている。
と思ったら、ニンマリ笑った。
同時に、藍前(やつ)の銀縁眼鏡の縁がキラッと光った・・・気がした。

うっ、何だか眩しいっ!


藍前の勢いに押される形で、私は「いいよ」と返事をしていた。
結局、こいつのペースに流されてると思うんだけど。
いや、こいつって意外と強引野郎だよね!

でも藍前が嬉しそうなニコニコ笑顔で、チャッチャと用意している姿を見たら、「まぁいいか」と思えてしまった。

ひとまず種植えは置いといて、藍前とデートしよ。








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