声を聞くたび、好きになる
7 声を聞くたび、好きになる

 平日とはいえ世間は夏休みだと言うのに、電車の中はがらんとしている。地方だからだろうか。まあ、その方が気楽で助かるんだけど。

 窓際の座席に座り、私は外を眺めた。

 人々の事情になんて興味ないと言いたげによく晴れた夕方の空。冬の夜の海みたいに暗く濁る私の冷たい心を、あたたかみあるオレンジ色に塗り替えたいと思った。


 何駅通過したのだろう?

 各駅停車で走るこの電車は、一時間もすると耳慣れない駅名をアナウンスしてくるようになった。

 近くでお祭りでもあるのか、都会の駅を通過すると乗客に浴衣を着た女の子の姿が増えた。私と同い年くらいか、少し年下だと思う。

 あんなに静かだった車内にはポツポツと人が立ち、静かな話し声が響く。

「今日、隣のクラスの男子も来るってー!」
「花火の時は、別行動する?」

 なるほど。花火があるのか。

 どの子もメイクに気合いが入っているし、ずいぶん楽しそうだ。好きな男子と現地で待ち合わせでもしてるのかな。

 好きな人と花火、か……。

 あんなことがあったばかりなのに、私は早くも海音のことを思い出してしまう。

 あれは、私の作業中に海音が家のダイニングで料理を作ってくれた時のことだった。

「珍しく煮詰まってるみたいだな。どうした?」
「うん。花火大会を楽しむ浴衣姿の男キャラを描くの、意外と難しくて……。海音が持ってきてくれた資料は全部見たんだけど、なんか違うんだよね。ファンタジーと違って、やっぱり現実世界を舞台にしたイラストは実物見ないと雰囲気出しづらいなぁ。花火大会、行ったことないから」

 仕事をしていると、そういうことがたまにある。見たことのない物を想像だけで描ける人もいるけど、私の場合は、実際に目で見た物の方が表現力豊かに描けるのだ。

 うなだれる私に、海音は軽いノリで、

「じゃあ、今度の花火大会、ためしに一緒に見に行く?」
「人混み苦手だし、やめとくよ。もうちょっと資料あさってみる」
「そう言うと思った。なら、こういうのは?」

 調理の手を止めると、海音は突然着ているスーツを脱ぎ始めた。

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